【完全保存版】FETコンプレッサーの使い方完全ガイド

コンプレッサー編 7 ・コンプレッサー
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本記事では、

  • FETコンプレッサーの動作原理
  • VCA、OPT、FET、Vari-Mu(真空管)、PWMの比較
  • 1176を代表とするプラグイン
  • 具体的なパラメータ操作による音の変化
  • ソース別・実践的な設定例
  • よくある質問(10選)
  • お勧めしない使い方

を、できるだけ実践的な目線で整理していきます。


1. FETコンプレッサーの特徴

FET(Field-Effect Transistor:電界効果トランジスタ)コンプレッサーは、トランジスタを使用して信号の増幅率を制御する方式のコンプレッサーです。

真空管の動作を半導体で模倣しようとして開発されましたが、結果として非常にユニークで音楽的なキャラクターを持つことになります。

  • 超高速なアタックタイム:
    最大の特徴はその反応速度です。最速設定では20マイクロ秒(0.00002秒)という、人間の耳では知覚できない速さでトランジェント(音の立ち上がり)を制御します。

    これにより、他のコンプでは逃してしまう鋭いピークも確実に叩くことができます。
  • 音楽的な歪み(サチュレーション):
    FET回路と、多くの場合搭載されているアウトプットトランスが、豊かな倍音歪みを付加します。

    これは単なる「汚れ」ではなく、音を太くし、前に押し出すための重要な「色付け」です。
  • 固定スレッショルド:
    多くのFETコンプ(特に1176タイプ)にはスレッショルドノブがありません。
    代わりに「Input」を上げることで内部の固定スレッショルドに音を突っ込み、圧縮量を決めます。
  • プログラム依存性:
    入ってくる音の大きさや周波数によって、アタックやリリースの挙動が微妙に変化します。
    これが、数値だけでは語れない「音楽的な揺らぎ」を生み出します。

2. 代表的なプラグイン

FETコンプレッサーといえば、Universal Audio社の「1176」が絶対的です。
プラグインも、この1176をエミュレートしたものが主流です。

COMP FET76

(ARTURIA Comp FET-76)

Universal Audio – 1176 Classic Limiter Collection

オリジナル製造元による公式エミュレーション。

  • Rev A “Bluestripe”: 初期型。ノイズが多く歪みっぽいですが、ボーカルに強烈な存在感を与えたいならこれ一択です。
  • Rev E “Blackface”: 最もスタンダードなモデル。低ノイズでパンチがあり、どんなソースにも合います。
  • AE (Anniversary Edition): 「2:1」という低いレシオや、遅めのアタック設定が可能で、少しモダンな使い方ができます。

Waves – CLA-76

名エンジニア、クリス・ロード・アルジ所有の個体をモデリング。

  • Bluey: Rev A。中域が張り出し、ボーカルがオケの前に出ます。
  • Blacky: Rev E。ドラムのパンチを出すのに最適です。

Plugin Alliance – Purple Audio MC77

1176を現代的にリファインした実機のプラグイン。ハイエンドが伸びやかで、よりアグレッシブな質感です。

Arturia – Comp FET-76

サイドチェインフィルターやMid/Side処理など、現代的な機能が追加されており非常に便利です。

Softube – FET Compressor

北欧ブランドらしい、質感の高い濃密な音が特徴です。


3. FET、OPT、VCA、Vari-Mu(真空管)、PWMとの比較

比較対象FETの得意なこと(メリット)FETの不得意なこと(デメリット)
VCA (SSL等)圧倒的なスピードとキャラクター付け。
ボーカルを「主役」にする力強さ。単体トラックのピーク制御。
VCAほど透明で正確なバスコンプレッション(Glue効果)は苦手。
歪みが邪魔になることがある。
OPT (LA-2A等)トランジェントを逃さず叩くこと。
リズムのアタック感を強調すること。攻撃的な音作り。
Optoのような、ゆったりとしたリリースで音を包み込むような優しいレベル管理はできない。
Vari-Mu (Fairchild等)バリバリとしたパンチとスピード感。
ロックやポップスのリズムトラックへの適性。
真空管コンプのような、ミックス全体を接着するリッチでワイドな質感(Glue感)とは方向性が違う。
PWM (Great River等)歴史的な「あの音(1176の音)」が出せること。
ロック、ポップスでの標準的なサウンドキャラクター。
PWMのような極めてクリーンで透明なダイナミクス制御。
マスタリング用途での繊細な操作。

4. 操作手順と変化を聴き取るコツ

1176タイプのコンプは、少し特殊な操作体系を持っています。
以下の手順で調整すると、その特性を掴みやすいです。

【聴き取り手順】

  1. アタックとリリースを準備する:
    • ここが最大の罠ですが、1176のノブは「右に回す(数字が大きい)ほど速い」です。
    • まずはアタックを「最遅(1)」、リリースを「最速(7)」にしておきます。
  2. レシオとインプットを決める:
    • レシオは「4:1」が基本。ボーカルならこれで十分です。
    • Inputノブを上げていき、GR(ゲインリダクション)メーターがピークで「-3dB〜-7dB」振れるようにします。
  3. アタックタイム(Attack)を追い込む:
    • 聴くポイント: 音の「輪郭」と「太さ」。
    • 操作: 今はアタックが一番遅い状態なので、トランジェント(最初のアタック音)が素通りしています。ここから徐々に右(速い方向)に回していきます。
    • 「3」あたり(時計の10時〜2時方向)で、トランジェントが少し削れ、音が太く、中身が詰まった感じになるポイントを探します。削りすぎると音が奥に引っ込むので注意。
  4. リリースタイム(Release)を調整する:
    • 聴くポイント: 音の「余韻」と「ポンピング」。
    • 操作: 今はリリースが最速です。これを少しずつ左(遅い方向)に回していきます。
    • ドラムなら、次のショットが来る前に針が戻りきるか。
      ボーカルなら、ブレスや語尾が自然に持ち上がってくるかを確認します。
      速すぎると音が歪みっぽくなり、遅すぎるとのっぺりします。
  5. アウトプット(Output)で調整:
    • Inputで突っ込んだ分、音量が大きくなったり小さくなったりしているはずなので、バイパス時と同じ音量になるようにOutputで合わせます。


5. ソースによる設定例(10選)

※あくまで開始点です。必ず耳で確認してください。ノブ位置は「時計の針」ではなく「1〜7の数値」で表記します。

  1. ボーカル(王道のDr. Pepper)
    • Ratio: 4:1 / Attack: 3 / Release: 5 / GR: -3〜-5dB
    • 狙い: まずはここから。アタックを潰しすぎず、リリースで前に出すバランス型。
  2. ラップボーカル(攻撃的に)
    • Ratio: 8:1 / Attack: 4〜5 / Release: 7 / GR: -5〜-10dB
    • 狙い: 早口な言葉のピークを素早く叩き、最速リリースで次の言葉の頭を逃さない。
  3. スネア(パンチ重視)
    • Ratio: 4:1 / Attack: 1〜2(遅め) / Release: 5〜6 / GR: -3〜-6dB
    • 狙い: 最初の「パコーン!」を通すためにアタックを遅くし、その後をギュッと締める。
  4. キック(タイトに)
    • Ratio: 4:1 / Attack: 3 / Release: 6 / GR: -3〜-5dB
    • 狙い: 低域の余韻を整理して、リズムをタイトにする。
  5. ベース(ロック・ピック弾き)
    • Ratio: 8:1 / Attack: 3 / Release: 4〜5 / GR: -5〜-7dB
    • 狙い: 音量をガッツリ揃えつつ、ピッキングのゴリッとした部分を引き出す。
  6. アコースティックギター(ストローク)
    • Ratio: 4:1 / Attack: 3 / Release: 5 / GR: -2〜-3dB
    • 狙い: ジャカジャカしたストロークの粒立ちを揃え、オケに馴染ませる。
  7. エレキギター(カッティング)
    • Ratio: 4:1 / Attack: 4 / Release: 7 / GR: -3〜-5dB
    • 狙い: ファンキーなカッティングのピークを抑え、レベルを均一化して聴きやすくする。
  8. ドラムルーム(爆発音)
    • Ratio: All Buttons In / Attack: 3〜5 / Release: 7 / GR: -10dB以上
    • 狙い: 部屋鳴りを強烈に圧縮・歪ませて、ドラムセット全体に荒々しい空気感を足す。
  9. パラレル・ドラムバス
    • Ratio: 20:1 / Attack: 7(最速) / Release: 7(最速) / GR: 激しく
    • 狙い: 原音とは別に用意したトラックで、トランジェントを完全に潰した「海苔」のような波形を作り、原音に薄く混ぜて迫力を出す。
  10. ピアノ(ロック・バッキング)
    • Ratio: 4:1 / Attack: 3 / Release: 4 / GR: -3dB
    • 狙い: クラシック的なダイナミクスではなく、ギターに負けない壁のようなピアノを作る。

6. お勧めしない使い方

  • マスターバスでの使用:
    FETはL/Rのリンク精度が甘かったり、歪みが強すぎたりするため、マスターに通すとミックス全体の広がりやクリアさが損なわれることが多いです。
    素直にVCAやVari-Muを使いましょう。

  • クラシックやジャズでの「かけっぱなし」:
    微細な強弱表現(ダイナミクス)が命のジャンルで、FETの攻撃的な圧縮は相性が悪いです。
    使うならOptoや、非常に薄くVCAをかける方が無難です。

  • 「とりあえず全押し」:
    All Buttons Inは派手で楽しいですが、位相が崩れたり、音が奥に引っ込んだりする副作用も強いです。
    「ここぞ」という飛び道具として使いましょう。

7. FETコンプ Q&A(10選)

Q
なぜ1176にはスレッショルドがないのですか?
A

回路設計上、スレッショルドは固定されています。
「音をスレッショルドまで持ち上げる(Inputを上げる)」という発想で作られているからです。

Q
「全押し(All Buttons In)」モードって何ですか?
A

4つのレシオボタンを全部押す裏技です。
レシオが狂い、アタックやリリースも変則的になり、強烈な歪みと爆発的なサウンドになります。
ドラムのアンビエンスマイクによく使われます。

Q
アタックとリリースの「1〜7」は、何msですか?
A

アタックは20〜800マイクロ秒、リリースは50〜1100ミリ秒(1.1秒)程度ですが、機種や個体差、入力レベルでも変わります。
「数字が大きい方が速い」ということだけ覚えればOKです。

Q
ボーカルにはどのリビジョンがいいですか?
A

存在感を出したいなら「Rev A(Blue)」、自然にまとめたいなら「Rev E(Black)」が定番です。

Q
コンプをかけても音が前に出てきません。
A

アタックが速すぎて、音の「顔」であるトランジェントを潰していませんか?
アタックを少し遅く(数字を小さく)して、初期音を通してみてください。

Q
マスタリングに使えますか?
A

基本的には不向きです。
左右のリンク精度や歪みの特性が、繊細なマスタリング作業には荒っぽすぎる場合が多いです。

Q
1176を2段がけするのはアリですか?
A

大アリです。1台目でピークを軽く叩き(レシオ4:1)、2台目で全体を均す、といった使い方はプロの常套手段です。

Q
ノイズが気になります。
A

実機のヒスノイズを再現しているプラグインが多いです。
曲中で気にならなければそのままでいいですが、無音時に目立つならプラグインの「Analog」や「Noise」スイッチをOFFにしましょう。

Q
ベースにはどう設定すればいいですか?
A

レシオ4:1または8:1で、アタックを少し遅めにして指弾きやピックのニュアンスを残しつつ、リリースは速めにして音の粒を揃えるのが基本です。

Q
「Dr. Pepper」設定とは?
A

 アタックを3(10時)、リリースを5(2時)、レシオ4:1にする設定です。
昔のドクターペッパーの広告(10時、2時、4時に飲もう)になぞらえた語呂合わせですが、ボーカルなどの初期設定として非常に優秀です。

まとめ

今回はFETコンプレッサーの

  • FETの特徴
  • 代表的なプラグイン
  • VCAやOptoとの使い分け
  • 独特な操作手順と聴き取るコツ
  • ソース別設定例

などについて解説してきました。

FETコンプレッサーは、VCAのような「優等生」ではありません。
むしろ、暴れるソースを力尽くでねじ伏せ、強烈なキャラクターを焼き付ける「暴れん坊」です。

しかし、ボーカルがオケに埋もれてしまう時や、ドラムにもっと迫力が欲しい時、この「暴れん坊」ほど頼りになる相棒はいません。

VCAで整えたリズムの上に、FETでパンチを効かせたボーカルを乗せる。

この組み合わせこそが、現代のポップスやロックサウンドの基礎となっています。

しかし、FETの直線的で攻撃的なサウンドだけでは、バラードのしっとりした歌や、ムードのあるベースラインには少し無骨すぎるかもしれません。

そこで次に学ぶべきなのが、「Vari-Mu(真空管)コンプレッサー」です。

FETとは対極にある、真空管ならではの温かみと、音を包み込むような柔らかいコンプレッション。

次回は、Fairchild 670に代表されるこの「Vari-Muコンプレッサー」の魅力と、FETでは出せない「音楽的な艶」の世界について詳しく解説していきます。


著者について

NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music
詳細プロフィール

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