
アタックのツマミを「なんとなく」で決めていませんか?
「ボーカルはアタック10msくらい」
「ドラムは30msが目安」
せっかく設定しても、ある時はパンチが出て、あるときは立ち上がりが潰れてしまう。
原因はシンプルで、アタックは「待ち時間」ではなく、音量変化に対する圧縮の深まり方(到達スピード)」そのものだからです。
トランジェントの長さが変われば、「同じ30ms」でも効き方はまったく別物になります。
多くの解説では、この「トランジェント長さ」と「圧縮カーブ」の前提を省いたまま数値だけが紹介されるため、あなたの環境で再現できないわけです。
この記事では「アタック◯ms」という固定値の暗記を捨て、
- トランジェントの長さ
- どこから圧縮を深めたいか
という視点から、アタックタイムを決めていく手順をエンジニア目線で解説していきます。
1. アタックは「圧縮の深まり方」
1-1. アタックに「正解値」はない
初心者向けの解説では、次のような説明をよく見かけます。
「アタックは反応を開始するまでの待ち時間」
「ボーカルならアタック10msくらい」
「ドラムは30msが目安」
一見すると分かりやすいのですが、ここに大きな誤解があります。
アタックは「反応を開始するまでの待ち時間」ではなく、「圧縮が目標値に到達するまでの時間」を表すパラメータ です。
実際の動作を整理すると、次のようになります。
- コンプレッサーは信号がスレッショルドを超えた瞬間に即座に起動する
- その後、設定したアタックタイムをかけて、段階的に圧縮を深めていく
- 多くのコンプレッサーでは、アタックタイムは「目標圧縮量の約2/3に到達するまでの時間」として定義されている
- 「待機時間」や「遅延」ではない
この性質のため、アタックを「絶対値」として暗記しても意味がないという結論になります。
1-2. 同じアタック設定でも効果が変わる
よくあるケースを具体的に見てみます。
- キックA:トランジェントが5msで終わる → アタック30msだと、トランジェントがほぼ通過してから圧縮が始まる。パンチが保たれる
- キックB:トランジェントが20msある → 同じアタック30msだと、トランジェントの後半部分が圧縮される。パンチが弱くなる
一見「同じアタック値」でも、実際には「トランジェントの長さに対する相対的な位置」がまるで違うために、結果も変わるということです。
1-3. 「パンチが消える」メカニズム
コンプレッサーをかけたあと、「ドラムのパンチが消えた」と感じることがあります。
これは次のような流れで起きています。
- アタックタイムが速すぎる(3ms以下など)
- トランジェント(音の立ち上がり)全体が圧縮される
- 本来「パンチ」を構成する最初の1〜5msの成分が抑えられる
- その結果、「スポンジみたい」「空気が抜けた感じ」になる
このため、パンチを保ちたい場合は、トランジェントが通過してから圧縮が深まるように、アタックを遅めに設定する必要があります。
2. すべては「トランジェントの長さ」を知るところから
2-1. トランジェントの標準的な長さ
アタックを語る前に、前提となるトランジェントの長さを押さえておく必要があります。
- ドラム(キック、スネア):1〜10ms程度
- ボーカルの子音:5〜20ms程度
- ベースのピッキング:2〜15ms程度
ただし、実際のプロジェクトでは、録音方法やサンプルの種類によって、これらの値からズレていることも珍しくありません。
つまり、トランジェントの長さは素材ごとに異なるということです。
2-2. アタックを決める前に
アタックつまみを触る前に、次のステップを必ず踏みます。
- 波形を目視して、トランジェントの長さを確認する
- 例:キックの最初のピークが何ms続いているか
- スネアのスナップ音がどこまで続いているか
- ゲインリダクションメーターを表示できる状態にする
- スレッショルドとレシオを仮設定する
この状態を作ってから、「トランジェントに対して、どのタイミングから圧縮を深めるか」という話に進みます。
3. アタック設定の標準範囲と使い分け
3-1. アタックの標準範囲
アタックタイムは、一般的に0.01ms〜250msの範囲で設定されます。
設定値 | 分類 | 圧縮のかかり方 | 使う場面 |
|---|---|---|---|
0.01〜1ms | 超高速 | ほぼ瞬時に圧縮が最大に達する | リミッター代わり。通常は使わない |
1〜10ms | 高速 | 高速に圧縮が深くなる | |
10〜30ms | 中程度 | バランスの取れた圧縮の入り方 | |
30〜100ms | 遅い | トランジェントが圧縮をほぼ回避 | |
100ms以上 | 超遅い | トランジェント完全スルー | マスターバスでグルー効果 |
3-2. 目的別のアタック設定
目的 | アタック設定 | 聞こえ方 |
|---|---|---|
パンチを追加したい | 20〜50ms(遅い) | |
ダイナミクスを制御したい | 1〜10ms(速い) | |
処理感を消したい | 遅いアタック + 遅いリリース | 加工感がなく、自然に聞こえる |
重要:「どちらが正しいか」ではなく、「今、何を必要としているか」で判断します。
4. アタックを設定する3ステップ
4-1. ステップ1:極端な設定で「効果」を体感する
最初は「聴感」ではなく「視覚」で学びます。
手順:
結果:すべての信号が圧縮される = 明らかな変化が聞こえる。
これで「これが圧縮だ」という基準が、あなたの耳に刻み込まれます。
4-2. ステップ2:アタックだけを変更して差を捉える
- ステップ1の設定を維持
- アタックを「最速(1ms)」から「中程度(20ms)」に変更
- 両者を何度もA/Bで聞き比べる
- 「トランジェントが戻ってきた」という感覚を体で学ぶ
A/B比較の重要ルール:
必ずメイクアップゲインを使って、ON/OFF時の音量を揃えてから比較してください。
※音量を揃えないと正確な判断ができない理由は、後述の「6-2. A/B 比較と音量マッチング」で詳しく解説します。
4-3. ステップ3:実用的な設定に調整
極端な設定から少しずつ現実的な範囲に戻していく。
- スレッショルドを徐々に上げる(-30dB → -20dB → -15dB …)
- 各段階でゲインリダクションメーターが-3〜-6dBを示す位置を探す
- その位置でアタックを微調整(15ms、20ms、30msを試す)
- 「好きな音」になったところで確定
5. 「うまくいかない」と感じたときは
5-1. ドラムのパンチが消えた場合
症状:
ドラムが「生きていない」「ペチャンコ」な印象になる。
原因:
解決方法:
- アタックを20〜30msに設定する
- この範囲だと、キックの最初の1〜2msのビーター音がほぼスルーされる
- その後の「ボディ」部分(2ms以降)が圧縮される
- 結果として、ビーター音が相対的に強く聞こえ、パンチが出る
- リリースもテンポに合わせて確認する
5-2. スネアのクラック音が消えた場合
症状:
スネアドラムが「タップタップ」から「ドゥン」という重い音に変わる。
原因:
解決方法:
- アタックを10〜30msに設定する
- スネアのスナップは5〜20ms続くため、20msアタックなら後半部分だけ圧縮される
- ニーをソフトニーに設定する
- 圧縮の入り方が「段階的」になり、スナップの削減がなめらかになる
ニーの詳しい解説は→
・コンプレッサー入口編⑤「ニー完全ガイド」
5-3. コンプレッサーの効果がまったく聞こえない場合
ほぼ確実に、以下のいずれかが原因です。
- スレッショルドが高すぎる
- ゲインリダクションメーターがほぼ0dBのまま動かない
- レシオが低すぎる
- 全体的に控えめな設定
- アタック差(20msと30msの違い)は、圧縮が大きい状態でないと聞き取れない
対策:セクション4のトレーニングを実行してください。
5-4. ボーカルがつぶれた感じになる場合
症状:
ボーカルが「平ら」「表情がない」と感じる。
原因:
解決方法:
6. 「耳を鍛える」トレーニング法
6-1. 極端な設定から学ぶ
ステップ:
- 使用トラック:ドラムトラック(スネア推奨)
- コンプレッサー設定:
- レシオ:最大(20:1など)
- スレッショルド:大幅に低下(-20dB以下)
- リリース:最速(50ms)
- アタック設定の比較:
- パターン1:アタック1msで再生
- パターン2:アタック30msで再生
- 両者を何度も聞き比べ、「何が違うのか」を明確に感じ取る
目的:この時点では「音の良さ」は無視。極端な設定で効果を明確に聞くことだけを目指す。
6-2. A/B 比較と音量マッチング
最も効果的な学習方法:
なぜ音量を同じにする必要があるのか?
「大きい方が良く聞こえる」という心理バイアスがあるためです。
6-3. ドラムで練習するメリット
ドラムを使うと「アタック設定の結果」が最も明確に聞こえます。
ドラムには、
- トランジェント(立ち上がりの瞬間)
- サステイン(音の伸び)
この両者が含まれるため、アタック設定のどちらの側面にも影響が見え、初心者が「変化を聞き分けやすい」というわけです。
7. 楽器ごとのアタック設定
7-1. ドラム
キックドラム:
スネアドラム:
7-2. ボーカル
一般的なボーカル:
よりタイトな制御が必要な場合:
7-3. ベース
エレクトリックベース:
7-4. マスターバス
透明性重視:
8. アタックとニーの相互作用を理解する
8-1. ニーとは何か
ニーは「圧縮の入り方(カーブ)」を決定するパラメータです。
8-2. アタックとニーの組み合わせ
組み合わせ | 圧縮のかかり方 | 使う場面 |
|---|---|---|
ハードニー + 高速アタック | スレッショルド超過時、即座に完全圧縮に達する | リミッター的使用 |
ハードニー + 遅いアタック | トランジェント通過後、完全圧縮に達する | |
ソフトニー + 高速アタック | 段階的かつ自然に圧縮が開始する | |
ソフトニー + 遅いアタック | 最も透明感のある圧縮 | マスターバス |
重要な注意点:ソフトニーを使用すると、実質的にアタックとリリースが遅くなる効果がある。
9. よくある質問
- Qアタックに「正解値」は本当に存在しないのか?
- A
- Qアタックを速くしても効果が聞き取れません。どうすれば?
- A
アタックの変化は「圧縮が十分に深い状態」でないと聞き取りにくいという性質があります。
以下を確認してください。- スレッショルドは十分に低く設定されているか(ゲインリダクションメーターが-3dB以上動いているか)
- レシオは適切か(1.5:1では微妙。4:1程度で試す)
- リリースは長すぎないか(リリースが長いと、アタックの変化がマスクされる)
セクション4のトレーニング法を参照し、極端な設定から始めることで、アタックの効果がより明確に聞こえるようになります。
- Q高速アタックがすべてのケースに有効?
- A
- Qアタックを同じ値に設定しても、異なるプラグインでは聞こえ方が違います。なぜ?
- A
異なるメーカーのコンプレッサーは、アタックタイムの「定義」が異なる場合があります。
一般的には、アタックタイムは「目標圧縮量の約63~100%に到達するまでの時間」と定義されていますが、メーカーによって異なる場合があります。
例えば:- あるプラグインは「63.2%(1/e)に到達するまで」と定義
- 別のプラグインは「完全な圧縮に到達するまで」と定義
このため、同じ「30ms」でも聞こえが異なることがあります。解決策は、プラグインごとに耳で判断し、トランジェント長さに基づいて微調整することです。
- Qコンプレッサーとトランジェントシェイパーの違いは?
- A
- Qプリセットを使っても大丈夫?
- A
プリセットは「参考値」に過ぎません。
推奨プロセス:
- プリセットを「参考」として開く
- 毎回、自分のトラックのトランジェント長さを把握
- その測定値に基づいてアタックを計算・調整
- Qマスターバスに長いアタック(50ms以上)を設定しても、音が変わったように聞こえません。本当に効いているのか?
- A
はい、効いています。
マスターバスのアタックが長い場合、変化は「微細」ですが、実在します。この場合、効果を感じるには:
- A/B比較を何度も繰り返す
- ヘッドフォンと小型モニターの両方で確認する
- 1時間以上リスニング休止を取った後で聴く(耳の疲労をリセット)
マスターバスの役割は「聞こえる加工感を消すこと」であり、「明確な変化」ではなく「接着感と自然さ」を狙っているため、セクション4-2のような「劇的な差」は期待すべきではありません。
- Q「トランジェント長さ」の測定は、目視での波形確認だけで十分か?
- A
目視確認(セクション2-2で紹介):
- 利点:迅速、追加ツール不要
- 欠点:正確さに欠ける(特に低域は波形が読みにくい)
より正確な方法:
- トランジェントシェイパーのビジュアル機能を使う(一部のプラグインでは、自動検出したトランジェントの長さをms単位で表示)
- スペクトラム解析ツールで高周波の立ち上がりを確認(5~10kHz成分がいつ発生するか)
ただし、実務的には「目視 + 耳の確認」で十分です。セクション4-3の「段階的な微調整」プロセスで、多少の測定誤差は自動的に補正されます。
トランジェントシェイパーの詳しい解説は→
【完全保存版】トランジェント・シェイパー使い方徹底ガイド
10. 実践チェックリスト
この記事を読み終わったら、次の項目を順番に試してみてください。
□ 今のプロジェクトの主要トラックのトランジェント長さを波形で確認する
□ そのトランジェント長さに基づいて、「このくらい通す」という自分なりのアタックルールを仮設定する
□ ドラムバスにコンプレッサーを挿し、極端な設定 → 実用的な設定へと変化させながら耳を慣らす
□ A/B 比較時には必ず音量を揃え、「大きい方が良く聞こえる」バイアスを排除する
□ ゲインリダクションメーターを常に表示し、-3〜-6dBのゾーンを感覚的に把握する
□ 自分のプロジェクトに合わせた楽器別アタック設定の「メモ」を作り、後から参照できるようにしておく
11.まとめ
アタックは、
- 「反応を開始するまでの待ち時間」ではなく、「圧縮が目標値に到達するまでの時間」を表すパラメータ
- コンプレッサーは信号がスレッショルドを超えた瞬間に即座に起動する
- 絶対的な正解値は存在せず、毎回の素材ごとにトランジェント長さの測定と計算が必要
- ゲインリダクションメーターと耳の両方を使って、-3〜-6dB付近を基準に調整していく
という性質を持っています。
この考え方を押さえておくと、テンプレートやプリセットに頼らなくても、毎回の素材に対して合理的なアタック設定を行えるようになります。
12. 次に読むべき記事
アタック設定の後に調整すべき「リリース」について → ・コンプレッサー入口編④「リリース完全ガイド」
アタックと相互に作用する「ニー」の役割を理解したい →
・コンプレッサー入口編⑤「ニー完全ガイド」
アタック設定を決める前提となる「スレッショルド」の基礎 →
・コンプレッサー入口編①「スレッショルド完全ガイド」
レシオでアタック効果の強度を調整したい →
・コンプレッサー入口編➁「レシオ完全ガイド」
メイクアップゲインとの連携を理解したい →
・コンプレッサー入口編⑥「メイクアップゲイン完全ガイド」
コンプの回路種別(FET/VCA/OPT/Vari-Mu)を確認し、アタック特性を理解したい →
・【まとめ】コンプレッサーの回路方式と動作特性を徹底解説
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年〜2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music
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