“音をどのタイミングで圧縮するか” を決めるのが、コンプレッサーのアタック設定です。
音の勢い、抜け感、パンチ感を大きく左右するこのパラメータを、今回は耳と目で理解できるように実験形式で解説します。
これまでの復習
に続き、第3回では“どのタイミングで音を圧縮するか” を決める「アタック」にフォーカスします。
- あなたのコンプレッサー設定に何が足りないのか
- この記事を読むと解決できること
- セクション1:アタックの「よくある勘違い」
- セクション2:アタック設定の最初のステップ – 「見ながら」決める
- セクション3:アタックの主な設定値と使い分け
- セクション4:アタックを設定する3ステップ
- セクション5:「あれ、うまくいかない」ときの対処法
- セクション6:「耳を鍛える」トレーニング法
- セクション7:楽器ごとのアタック設定
- セクション8:アタックとニーの相互作用を理解する
- セクション9:トラブル時の「解決マップ」
- セクション10:プリセットに頼らない理由
- セクション11:よくある質問(FAQ)
- セクション12:チェックリスト
- まとめ
- 次回予告
- 著者について
あなたのコンプレッサー設定に何が足りないのか
コンプレッサーを使っているのに上手く使いこなせない。
以下のどれかに当てはまっていませんか?
- ドラムにコンプをかけたらパンチが完全に消えた(アタックが速すぎる)。
- スネアの「クラック」という高い音が聞こえなくなった(アタックが速すぎる+ハードニー)。
- コンプレッサーの効果がまったく聞こえない(設定が控えめすぎる)。
- アタックを速くしても遅くしても、どちらも「何か変」に聞こえる(目的が不明確)。
これらの悩みの99%は、アタック設定の本質を理解していないことが原因です。
なぜなら、アタックこそが「トランジェント(音の立ち上がり)をどう扱うか」を決める最も重要なパラメータだからです。
アタックが間違っていれば、レシオやリリースをいくら調整してもパンチは戻りません。
この記事を読むと解決できること
✅ アタックの本質(「遅延」ではなく「圧縮の深まり方」)を理解し、わずか30分で正しい設定が見つけられる。
✅ キック、スネア、ボーカルなど、楽器ごとに最適なアタック値(15~30ms、10~30ms等)が分かり、なぜその値なのかを説明できる。
✅ アタック設定でやってしまいがちな失敗パターン4つを事前に回避し、素早く対処できる。
結果: コンプレッサーの設定時間が3分の1に短縮され、どの曲でも一貫性のあるミックスができるようになります。
セクション1:アタックの「よくある勘違い」
1-1 アタックとは何か
多くの初心者が、アタックについて以下のように思い込んでいます:
- 「アタックは反応を開始するまでの待ち時間」。
- 「アタックは速ければ速いほどいい」。
- 「アタックに『正解値』がある」。
これらはすべて誤解で、正確には以下の通りです。
アタックは「圧縮がどのスピードで深くなるか」を表す時間です。
コンプレッサーは信号がスレッショルド値を超えた瞬間に即座に起動します。その後、設定したアタックをかけて、段階的に圧縮を深めていきます。
つまり「反応を遅らせている」のではなく、「圧縮の入り方をコントロールしている」という意味です。
実際の動作を数字で見る
アタック10ms、圧縮比4:1、信号がスレッショル値を5dB上回った場合、
- 0ms時点: コンプレッサー起動。圧縮は0から開始。
- 5ms時点: レシオの深さが目標の50%に達する(約-2.5dB圧縮)。
- 10ms時点: 目標の圧縮量に到達(-5dB圧縮)。
- その後: そのレシオレベルを保ち続ける。
この違いは紙の上では地味に見えますが、実際の音は大きく変わります。
1-2 なぜ同じアタック設定がうまくいったり、うまくいかなかったりするのか
例1:プリセット頼みで失敗する理由
YouTubeのチュートリアル動画で「キックのアタックは30ms」と見たので試しても、全く効かないことがあります。
理由:その動画のキックと、あなたのキックではトランジェントの長さが異なるからです。
- 動画のキック:トランジェントが5msで終わる → 30msアタックで理想的。
- あなたのキック:トランジェントが20msある → 30msアタックでは一部が圧縮される。
例2:「パンチが消えた」と感じる理由
これはアタックが速すぎて、トランジェント全体が圧縮されているからです。
アタック3ms以下の設定だと、キックの最初のビーター音(周波数100~5000Hz)が圧縮でつぶされ、結果として「スポンジみたい」「空気が抜けた感じ」になります。
例3:「クラック音が消えた」と感じる理由
これはスネアのスナップを構成する高周波数成分(5~10kHz)が、高速アタック+ハードニーの組み合わせでゲインリダクションされるからです。
セクション2:アタック設定の最初のステップ – 「見ながら」決める
2-1 アタックを決める前にやること
同じコンプレッサーなのに、時々うまくいき、時々うまくいかない。
その理由は、楽器のトランジェント特性が異なるからです。
アタック設定を始める前に、以下を確認してください。
ステップ1:トランジェントの長さを把握する
- ドラムのトランジェント:1~10ms程度。
- ボーカルの子音:5~20ms程度。
- ベースのピッキング:2~15ms程度。
これが分かると、「どこからどこまでを通して、どこから圧縮するか」の判断基準ができます。
ステップ2:ゲインリダクションを表示する
実際に「何dBゲイン削減されているのか」を目で確認できる状態を作ります。
これができていないと、アタック設定は「勘」に頼ることになります。
ステップ3:その後でアタックを決める
例えば、キックのトランジェントが5msなら、アタックは15~30msの範囲で実験を始める、という流れになります。
2-2 「見ながら」設定する理由
多くの初心者がつまずく点は「聴いても違いが分からない」ということです。
解決方法は簡単で、ゲインリダクションメーターを使うです。
実際の流れ:
- レシオ:とりあえず4:1で固定。
- スレッショルド:中程度に設定。
- リリース:中程度に設定(100~300ms程度)。
- ここから「アタックをゆっくり変更していく」。
- ゲインリダクションメーターが「-3~-6dB」を示す状態で、トランジェントの聞こえ方を確認。
なぜ「-3~-6dB」で確認するのか?
この値が「圧縮が効き始める」心理的なスレッショルド値だからです。
初心者の耳は「変化の程度」によって学習します。
-3~-6dBは「これが圧縮だ」という基準を耳に刻み込むのに最適な値です。
セクション3:アタックの主な設定値と使い分け
3-1 アタックの標準範囲
| 設定値 | 分類 | 圧縮のかかり方 | 実際に聞こえる音 | 使う場面 |
|---|---|---|---|---|
| 0.01~1ms | 超高速 | ほぼ瞬時に圧縮が最大に達する | 音がつぶれた感じ。輪郭がなくフラット | リミッター代わり。通常は使わない |
| 1~10ms | 高速 | 高速に圧縮が深くなる | 音がタイトに整えられた感じ。ダイナミクス制御が明確 | ボーカル、ベース |
| 10~30ms | 中程度 | バランスの取れた圧縮の入り方 | トランジェント(最初のアタック音)と圧縮のバランスが良い | 最も汎用的。ほとんどの楽器で使用 |
| 30~100ms | 遅い | トランジェントが圧縮をほぼ回避 | 最初の音が活きて、その後だけが制御される | キック、スネアで「パンチ」を出す |
| 100ms以上 | 超遅い | トランジェント完全スルー。実質的に圧縮していない | ミキシングではほぼ使われない | マスターバスでグルー効果 |
実務では0.01ms~250msの範囲で設定することがほとんどです。
3-2 目的別のアタック設定
| 何をしたいか | アタック設定 | 物理的に起きること | 聞こえ方 | 使う場面 |
|---|---|---|---|---|
| パンチを追加したい | 20~50ms(遅い) | トランジェント(最初1~5ms)が圧縮を回避。その後のサスティーン部だけが圧縮される | 最初の音が活きて、後が引き締まる | キック、スネア、ベース |
| ダイナミクスを制御したい | 1~10ms(速い) | トランジェント全体が圧縮される。バラバラなダイナミクスが統一される | 引き締まった、制御された音 | リード楽器、ボーカル |
| 処理感を消したい | 遅いアタック + 遅いリリース | 圧縮が聞こえないように自然に入る | 加工感がなく、自然に聞こえる | マスターバス、背景楽器 |
重要: 「どちらが正しいか」ではなく、「今、何を必要としているか」で判断します。
セクション4:アタックを設定する3ステップ
4-1 ステップ1:極端な設定で「効果」を体感する
最初は「聴感」ではなく「視覚」で学びます。
手順:
- レシオ:4:1に固定。
- スレッショルド:「極端に」下げる(-30dB程度)。
- アタック:最速(1ms)。
- リリース:中程度(100ms)。
- 結果:すべての信号が圧縮される = 明らかな変化が聞こえる。
これで「これが圧縮だ」という基準が、あなたの耳に刻み込まれます。
4-2 ステップ2:アタックだけを変更して差を捉える
- ステップ1の設定を維持。
- アタックを「最速」から「中程度」(20ms)に変更。
- 両者を何度もA/Bで聞き比べる。
- 「あ、トランジェントが戻ってきた」という感覚を体で学ぶ。
A/B比較の重要ルール:
- 必ず音量を同じにしてから比較する。
- 大きい方が良く聞こえるという心理バイアスがあるため。
- メイクアップゲインで補正する。
4-3 ステップ3:実用的な設定に調整
極端な設定から少しずつ現実的な範囲に戻していく。
- スレッショルド値を徐々に上げる(-30dB → -20dB → -15dB …)。
- 各段階でゲインリダクションメーターが-3~-6dBを示す位置を探す。
- その位置でアタックを微調整(15ms、20ms、30msを試す)。
- 「好きな音」になったところで確定。
セクション5:「あれ、うまくいかない」ときの対処法
5-1 「ドラムのパンチが消えた」と感じたら
症状:
ドラムが「生きていない」「ペチャンコ」な印象になって、聞き手に届かない感じ。
原因を見つける方法:
ゲインリダクションメーターを見ながら、以下のどれに当てはまるか確認してください。
原因A:アタックが速すぎる(3ms以下)
- ゲインリダクションメーターが各ビートで即座に最大値に達する。
- キックの最初の音(ビーター音)が圧縮でつぶされている。
- 聞こえ方:「スポンジみたい」「空気が抜けた感じ」。
原因B:リリースが長すぎる
- ゲインリダクションメーターが各ビート間で0に戻らない。
- 最初のキックの圧縮が解放されないまま次のキックが到達。
- 聞こえ方:「詰まった」「沈んだ」ような間延びしたビート感。
解決手順:
- アタックを20~30msに設定する
- この範囲だと、キックの最初の1~2msのビーター音がほぼスルーされる。
- その後の「ボディ」部分(2ms以降)が圧縮される。
- 結果として、ビーター音が相対的に強く聞こえ、パンチが出る。
- リリースをテンポに合わせる
- BPM 120の場合、1/16音符 = 125ms(計算式:120÷60×1000×(1/4) = 125ms)。
- 各キック音の直後、ゲインリダクションメーターが完全に0に戻ることを確認。
- ゲインリダクションメーターを目で確認する
- 各キック音の直後、メーターが0dBに戻っているか視覚的に確認。
- 戻っていなければリリースがまだ長い。
これで「あ、パンチが戻ってきた」という変化を明確に感じるはずです。
5-2 「スネアのクラック音が消えた」と感じたら
症状:
スネアドラムが「タップタップ」から「ドゥン」という重い音に変わってしまった。
原因:
- アタックが速すぎる
- スネアのスナップを構成する高周波数成分(5~10kHz)が圧縮でカットされている。
- ニー設定とアタックの悪い組み合わせ
- ハードニー+高速アタック(3ms以下)で、スネアの立ち上がり全体が瞬時に圧縮される。
- 圧縮の入り方が「いきなり」になり、スナップの立ち上がりが失われる。
解決方法:
- アタックを10~30msに設定する
- スネアのスナップは5~20ms続くため、20msアタックなら後半部分だけ圧縮される。
- クラック音が完全には消えず、コントロールされた状態になる。
- ニーをソフトニーに設定する
- 圧縮の入り方が「段階的」になり、スナップの削減がなめらかになる。
- ハードニーと違い、スネアの立ち上がりが保護される。
- ゲインリダクションを-6~-10dB程度に抑える
- 過剰な圧縮は避ける。
- これ以上圧縮すると、スナップがほぼ消えてしまう。
5-3 「コンプレッサーの効果がまったく聞こえない」と感じたら
症状:
パラメータを調整しても音に違いが感じられない。
ほぼ確実に、以下のいずれかが原因です。
- スレッショルド値が高すぎる
- ゲインリダクションメーターがほぼ0dBのまま動かない。
- コンプレッサーがほぼ動作していない状態。
- レシオが低すぎる
- 1.5:1程度では、ゲイン削減があっても変化が微妙。
- 耳では感じ取りにくい。
- 全体的に控えめな設定
- アタック差(20msと30msの違い)は、圧縮が大きい状態でないと聞き取れない
対策:セクション4のトレーニングを実行してください。
極端な設定(レシオ20:1、スレッショルド-30dB)で一度効果を明確に聞いてから、その後に実用範囲に調整します。
5-4 「ボーカルがつぶれた感じになる」
症状:
ボーカルが「平ら」「表情がない」「個性が失われている」と感じる。
原因:
アタックが速すぎて(5ms以下)、ボーカルの子音部分(5~20ms)も圧縮されている。
解決方法:
- アタックを20~40msに設定する
- ボーカルの子音の一部が通り、表現力が残る。
- レシオを下げる(4:1 → 2:1)
- 過度な圧縮を避ける。
- ゲインリダクションを-3~-6dB範囲に調整
- 自然なダイナミクス制御を優先。
セクション6:「耳を鍛える」トレーニング法
6-1 極端な設定から学ぶ
ステップ1:
- 使用トラック:ドラムトラック(スネア推奨)。
- コンプレッサー設定:
- レシオ:最大(20:1など)。
- スレッショルド:大幅に低下(-20dB以下)。
- ゲイン削減:10~20dB確保。
- リリース:最速(50ms)。
- アタック設定の比較:
- 1:アタック1msで再生。
- 2:アタック30msで再生。
- 両者を何度も聞き比べ、「何が違うのか」を明確に感じ取る。
目的: この時点では「音の良さ」は無視。極端な設定で効果を明確に聞くことだけを目指す。
6-2 「AとBを比べる」
最も効果的な学習方法:
- コンプレッサーをON → Aバージョンとして保存。
- コンプレッサーをOFF → Bバージョンとして保存。
- 重要:音量を完全に同じにする(メイクアップゲインで調整)。
- 素早く切り替えて「差」を聴く。
なぜ音量を同じにする必要があるのか?
「大きい方が良く聞こえる」という心理バイアスがあるからです。
圧縮されると出力が下がるので、メイクアップゲイン補正なしだと「圧縮版が小さく聞こえて判別不可」になってしまいます。
6-3 ドラムで学ぶ理由
ドラムを使うと「アタック設定の結果」が最も明確に聞こえます。
ドラムには、
- トランジェント(立ち上がりの瞬間)。
- サステイン(音の伸び)。
この両者が含まれるため、アタック設定のどちらの側面にも影響が見え、初心者が「変化を聞き分けやすい」というわけです。
セクション7:楽器ごとのアタック設定
7-1 ドラム
キックドラム:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 15~30ms | ビーター音は生かしながら、ボディ部分を制御 |
| リリース | テンポに同期(BPM 120で約125ms) | 各ビート間でゲイン削減を解放 |
| レシオ | 2:1~4:1 | 過度な圧縮は不自然 |
スネアドラム:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 10~30ms | スナップは活かしながら、余韻を制御 |
| リリース | 50~100ms | 自然な「緩みの感じ」が出る |
| レシオ | 3:1~6:1 | スナップを強調しつつ制御 |
タムス・オーバーヘッド:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 3~8ms(中程度) | 各打数のスナップを強調 |
| リリース | 50~100ms(快速) | 余韻を残しながら制御 |
7-2 ボーカル
一般的なボーカル:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 20~40ms | 子音の一部を通し、表現力を保つ |
| リリース | 100~200ms | 自然な「緩みの感じ」が出る |
| レシオ | 3:1~4:1 | 4:1を超えると「ペチャンコ」に |
ラップ・リード:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 5~10ms | 子音のアタックは強調し、全体を整える |
| リリース | 100ms以上 | ラップの流れを維持 |
| レシオ | 4:1~6:1 | より強い制御が必要 |
7-3 ベース
エレクトリックベース:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 1~10ms | ピッキングの揺らぎを均等化 |
| リリース | 100~300ms | 低域の安定感を確保 |
| レシオ | 4:1~8:1 | 「グルー感(一体感)」を作る |
スラップベース:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 10~20ms | スラップの「タップ」音は生かす |
| リリース | 100~200ms | ナチュラルな「音の落ち」を表現 |
7-4 マスターバス
透明性重視:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 30~50ms(遅い) | ミックス全体の「接着」。処理が聞こえないこと |
| リリース | 100~300ms(遅い) | 自然な「呼吸」感 |
| レシオ | 1.5:1~2:1(控えめ) | 透明性を保つ |
| ゲインリダクション | -2~-4dB | 聞こえない圧縮を目指す |
グルー/パンプ効果を狙う場合:
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| アタック | 50~100ms(遅い) | ドラムとベースが同じタイミングで「呼吸」 |
| リリース | テンポに同期(ビート単位) | グルーブが踊る感じ |
| レシオ | 2:1~4:1 | 適度な一体感 |
セクション8:アタックとニーの相互作用を理解する
8-1 ニーとは何か
ニーは「圧縮の入り方(カーブ)」を決定するパラメータです。
- ハードニー: スレッショルドを超えた瞬間、即座に設定した圧縮比で圧縮が開始。
- ソフトニー: スレッショルドの前後で段階的に圧縮が開始。
8-2 アタックとニーの組み合わせ
| 組み合わせ | 圧縮のかかり方 | 聞こえ方 | 使う場面 |
|---|---|---|---|
| ハードニー + 高速アタック | スレッショルド値超過時、即座に完全圧縮に達する | 正確だが、時々ポンピング等のアーティファクトが生じる | リミッター的使用 |
| ハードニー + 遅いアタック | トランジェント通過後、完全圧縮に達する | 「パンチ」のあるサウンド。ドラム、ベースに有効 | キック、スネア |
| ソフトニー + 高速アタック | 段階的かつ自然に圧縮が開始する | 処理感が薄い。ダイナミクス制御が柔らか | ボーカル |
| ソフトニー + 遅いアタック | 最も透明感のある圧縮 | 「圧縮をしている」感がない | マスターバス |
セクション9:トラブル時の「解決マップ」
| 状況 | 最初に疑うこと | 調整方向 | 念のため確認 |
|---|---|---|---|
| パンチが消えた | アタックが速すぎ(3ms以下) | 20~30msに変更 | リリースも確認 |
| クラック音が消えた | アタック速い+ハードニー | アタック10~30ms、ソフトニーに | ゲインリダクションも確認 |
| 効果が聞こえない | スレッショルド値が高すぎ | スレッショルドを下げる | 圧縮比も確認 |
| 音がつぶれた | アタック速すぎ+圧縮比高い | アタック遅くorレシオ下げる | -3~-6dB範囲に調整 |
| ポンピング | アタック速い+リリース長い | アタック遅く、リリース短く | スレッショルド値も確認 |
セクション10:プリセットに頼らない理由
10-1 なぜプリセットは「外れ」やすいのか
YouTubeのチュートリアル動画で「キックのアタックは30ms」と紹介されていても、まったく効かないことがあります。
理由:その動画のキックと、あなたのキックではトランジェントの長さが異なるからです。
具体例:
- チュートリアル作成者:キックのトランジェントが5ms → 「30msアタック」で理想的。
- あなた:キックのトランジェントが20ms → 同じ「30msアタック」では一部が圧縮される。
有効度:
- 同じプロジェクト内、同じトラック → 20~40%の確度。
- 別のプロジェクト → ほぼ運次第。
10-2 毎回「最初から設定」する正しいやり方
- 今回のトラックの「トランジェント長さ」を把握する。
- そのトランジェントに基づいて、自分でアタックを計算。
- 例:トランジェント5msなら、アタック15~30msで実験開始。
- プリセットは「参考情報」に留める。
手間に見えますが、実は「毎回試行錯誤」より早いです。
セクション11:よくある質問(FAQ)
- Qアタックに「正解値」は本当に存在しないのか?
- A
はい、存在しません。
アタックは「トランジェントの長さに対する相対値」だからです。
同じ30ms設定でも:
- トランジェント5msのキック → 理想的。
- トランジェント20msのキック → 一部が圧縮される。
「一般的な値」や「プリセット」に依存していると、成功と失敗が混在し続けます。
大事なのは「毎回、自分のトラックのトランジェント長さを把握して、そのトランジェントに基づいてアタックを設定する」ことです。
- Qアタックが遅いとドラムが弱くなる?
- A
A:いいえ。むしろ逆です。
遅いアタック(20~50ms)は、ドラムの最初の音を保護し、相対的に強く聞こえるようにします。
理由:
- 最初のビーター音(1~5ms)が圧縮を回避 → 生のままのエネルギーが残る。
- その後のボディ音(5ms以降)が圧縮されて小さくなる。
- 結果として、ビーター音が相対的に「盛り上がり」パンチが出る。
- Qアタックは「反応を開始する時間」ではない?
- A
正確です。
- 誤り: アタック = 「信号がスレッショルド値を超えた後、コンプレッサーが反応を開始するまでの待機時間」。
- 正解: アタック = 「完全な圧縮に到達するまでの時間」。
コンプレッサーは常に即座に反応しますが、その圧縮の深さが時間とともに増していきます。
- Q高速アタックがすべてのケースに有効?
- A
A:いいえ。
高速アタック(3ms以下)はダイナミクスを制御しますが、「音が死んだようになる」リスクがあります。
判断の基準:
- 「パンチ」や「個性」を出したい? → アタックを遅くする。
- 「制御感」や「整えられたサウンド」を作りたい? → アタックを速くする。
- Qスネアのクラック音が消える理由は?
- A
主に2つの原因があります:
- アタックが速すぎる
- スネアのスナップを作る高周波数成分(5~10kHz)がゲインリダクションでカットされる。
- ニー設定とアタックの悪い組み合わせ
- ハードニー+高速アタック で、スネアの立ち上がり全体が瞬時に圧縮される。
解決方法:アタック10~30msの中程度、ニーはソフトニーに設定。
- アタックが速すぎる
- Qアタックをどう調整しても効果が出ない場合は?
- A
以下がほぼ確実に原因です:
- スレッショルド値が高すぎる → ゲインリダクションメーターが動かない。スレッショルド値を下げる。
- レシオが低い → 1.5:1では可聴差が出にくい。3:1以上に設定
- ゲインリダクションが小さすぎる → 極端な設定(20:1圧縮比、-10~-20dBゲイン削減)で一度効果を明確に聞く。
- Qマスターバスのアタック設定は?
- A
遅く、かつ圧縮比を低く設定します。
- アタック:30~50ms。
- リリース:遅い(100~300ms)。
- 圧縮比:1.5:1~2:1。
- ゲインリダクション:-2~-4dB。
目的:ミックス全体を「接着剤」で接着し、ラウドネスを追加しながら、透明感を保つ。
- Qコンプレッサーとトランジェントシェイパーの違いは?
- A
処理の考え方が根本的に異なります。
特性 コンプレッサー トランジェントシェイパー スレッショルド値 あり。設定値を超えた信号のみ処理 なし。全トランジェントを自動検出 ベロシティの影響 あり。叩く強さで圧縮量が変わる なし。叩く強さに関わらず一定 パラメータ数 多い(アタック、リリース、ニー、比率等) シンプル(Attack/Sustain 2つだけ) 使い分けの判断:キックのベロシティ変動を吸収しつつパンチを追加したい場合は、トランジェントシェイパーが優位です。
- QDAW内でアタック設定を変えても音が変わらない
- A
以下をチェックしてください:
1.DAWの出力ルーティングを確認 → オーディオインターフェースが選択されているか。2.コンプレッサーのバイパス(Bypass)をOFFに → ゲインリダクションメーターが動いているか確認。
3.レシオを最大(20:1)に設定 → アタック設定差を明確に聞く。
- Qプリセットを使っても大丈夫?
- A
A:プリセットは「参考値」に過ぎません。
有効度:
- 同じプロジェクト内、同じ信号レベル → 20~40%の確度。
- 別のプロジェクト → ほぼ運次第。
推奨プロセス:
- プリセットを「参考」として開く。
- 毎回、自分のトラックのトランジェント長さを把握。
- その測定値に基づいてアタックを計算・調整。
セクション12:チェックリスト
この記事を読み終わったら、以下を実行してください。
□ セクション4のトレーニング(極端な設定→実用的な設定)を実施する。
□ 自分のドラムトラックで、アタック1ms vs 30msのA/Bテストを実行する。
□ A/B比較の時に「必ず音量を一致させる」。
□ ゲインリダクションメーターを「常に表示」に設定する。
□ 5つの楽器別プリセットを「自分で」作成する(セクション7参考)。
□ 「パンチが消えた」が出たら、まずアタック20~30msで試す。
□ 結果を記録して「自分だけのアタック辞書」を作る。
まとめ
- アタックに「正解」はない → 毎回、トランジェント長さを把握するところから始まる。
- トランジェント長さの把握が第一ステップ → プリセット依存症からの脱却。
- ゲインリダクション-3~-6dBが基準 → 初心者の耳トレーニングの出発点。
- A/B比較は音量一致が絶対 → 心理バイアスの排除。
- 物理メカニズムの理解 → アタックとニーの相互作用、トランジェント保護の原理を知る。
コンプレッサーのアタック設定は「勘」ではなく「トランジェント把握と計算」に基づいています。
この記事の方法を実装すれば、設定時間が大幅に短縮され、複数の曲でも一貫性のあるミックスが可能になります。
次回予告
「コンプレッサー編」第4回「リリース完全ガイド」では、音の余韻をコントロールするためのリリース設定について、さらに踏み込んで解説します。
Threshold × Ratio × Attack × Release × Knee × Makeup gain
を総合的に理解すると、ミックス精度は確実に上がります。
お楽しみに。
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
- 業界経歴:1995年~2010年
- セッション実績:200本以上
- 対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music
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