
「ボーカルのThresholdは-20dB」 ネットの定石通りに設定したのに、コンプが全然効かない…逆に音が潰れる…。 そんな経験はありませんか?
上手くいかない原因、実は「入力レベル」の違いです。
スレッショルドに「絶対的な正解の数値」はありません。
巷の解説はこの大前提を飛ばしているため、せっかくの知識がミックスに活かせていないのです。
この記事では、プロの視点から「入力最適化からスレッショルドの適正値を導き出す手順」を解説します。
GRメーターを使った視覚的なアプローチを身につけて、見当外れなプリセットの数値に振り回されるのは今日で終わりにしましょう!
1.スレッショルドは「境界線」
1-1 スレッショルドに「正解値」はない
初心者向けの解説でよく見かける「ボーカルは◯dB、キックは-15dB」といった目安。実はこれ、そのまま暗記してもあまり意味がありません。
なぜなら、スレッショルドはあくまで「入力信号に対する相対的な境界線」だからです。
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(波形画像はイメージです)
図の通り、同じ「-20dB」の設定でも、入力される波形の大きさによってラインをはみ出す量(赤色部分)が劇的に変わるのがわかります。
- 入力が小さい(曲A): はみ出す量が少ない = 圧縮は弱い
- 入力が大きい(曲B): はみ出す量が多い = 圧縮は強い
つまり、スレッショルドを「絶対的な数値」で捉えるのではなく、「今流れている音に対して、どこに境界線を引くか」という視点が重要です。
「-15dBに設定すること」が目的ではなく、「どれだけラインをはみ出させて、どれくらい圧縮させたいか」を基準に考えるようにしましょう。
「ただしソフトニーやアナログモデリング系では、スレッショルド手前からなだらかに圧縮が始まります。詳しくは『コンプレッサー入口編⑤「ニー完全ガイド」』をご覧ください。」
1-2. 「ノイズが増える」の正体
コンプレッサーをかけた後、「ノイズまで圧縮されて増えたのでは?」と感じることがあります。
しかし、実際にはスレッショルド以下のノイズは一切圧縮されていません。
何が起きているのか、その物理的な流れを図解で見てみましょう。
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図の通り、ノイズが目立つようになるのは「圧縮」そのものではなく、その後の「メイクアップゲイン(増幅)」が原因です。
- 圧縮: スレッショルドを超えた大きな音だけを叩く(ノイズはそのまま)。
- 増幅: 下がった全体の音量を持ち上げる。
- 結果: 圧縮されなかった「下のノイズ」も一緒に引き上げられ、相対的に目立つ位置に押し出される。
つまり、コンプによってノイズが「作られた」のではなく、メイクアップゲインによって「隠れていたノイズが目立つようになった」という理解が正確です。
2. すべては「入力レベル」を知るところから
2-1. デジタル環境での標準的な入力レベル
スレッショルドを語る前に、前提となる 入力レベル(インプットゲイン) を押さえておく必要があります。
デジタルオーディオ環境では、次のような「目安」とされるレベルがあります。
- 一般的なデジタルミックスでの平均レベルの目安:平均-18dBFS付近
- アナログモデリング系プラグインで推奨される想定入力:平均-18dBFS〜-14dBFS前後
ただし、実際のプロジェクトでは、録音時の設定やトラックごとのゲイン調整によって、これらの値からズレていることも珍しくありません。
つまり、プラグイン側が想定している「標準入力」と、実際のオーディオが持っている入力レベルが一致しているとは限らないということです。
2-2. スレッショルドを決める前にすること
スレッショルドつまみを触る前に、次のステップを必ず踏みます。
- トラックの最大ピークと平均レベルをメーターで確認する
- 例:ボーカルのピークが-12〜-9dBFS程度かどうか
- ベースも同程度のレンジに収まっているか
- 必要であればクリップゲインやトリムプラグインを使い、ピークが-12〜-9dBFS程度、平均が-18dBFS付近に収まるように事前の音量調整を行う。
- コンプレッサーの入力メーターを確認し、「プラグイン側が受け取っているレベル」を目視できる状態にする
この状態を作ってから、「入力レベルに対して、どこに境界線(スレッショルド)を置くか」 という話に進みます。
3. RMSとPeakの検出方式とスレッショルド
コンプレッサーには、音量の「どの部分」を測ってスレッショルド(境界線)を超えるかどうかを判断するかを決める、「検出方式(Detector)」があります。
代表的なのが「RMS」と「Peak」です。この2つの反応の違いを可視化したのが以下の図です。
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3-1. RMS検出 – 平均的なエネルギーになめらかに反応
RMS検出は、一定時間の平均的な音量を測るため、瞬間的なスパイクには反応しません。
向いている用途:
- ボーカル全体のダイナミクス(音量差)を整えたいとき
- ミックス全体の平均エネルギー感をコントロールしたいとき
- ギターなど、フレーズの一貫性を重視したいとき
3-2. Peak検出 – 瞬間的なトランジェントを鋭く制御
Peak検出は、ドラムのヒットやピアノの強いアタックなど、瞬間的な立ち上がり(トランジェント)に敏感に反応します。
向いている用途:
- ドラムのトランジェントを制御し、クリップや歪みを防ぎたいとき
- ピアノ演奏で、不意の強い打鍵によるピークを抑えたいとき
- 「とにかく一定値を超えさせたくない」というリミッティング用途
4. スレッショルドを決めていく
4-1. まずは「見ながら」設定する
最初のうちは、「耳だけ」で違いを判別するのは難しいです。そこで、ゲインリダクションを見ながら設定する 手順を取ります。
基本的な流れは次の通りです。
- Ratio を仮で2:1に設定
- Attack をやや速め(例:20〜50ms 程度)に設定
- Release を中程度(例:100〜300ms 程度)に設定
- ここからスレッショルドをゆっくり下げていく
- ゲインリダクションメーターが -3〜-6dB 程度を示したところで一度止める
この-3〜-6dBという圧縮量が、初心者が「これがコンプレッションか」と認識しやすい領域です。
- -1〜-2dB:違いが分かりにくく、「何も起きていない」と感じやすい
- -10dB 以上:副作用が強く、音が平たくなりすぎて「何か変だ」と感じやすい
そのため、まずは -3〜-6dB を基準値として、耳と目の両方でコンプレッションを体感する ことが、学習として効率的です。
5. スレッショルド設定は「見える化」できる
スレッショルドの「正解」に迷ったら、まずは耳だけでなく、GR(ゲインリダクション)メーターを基準にしてみましょう。
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(波形画像はイメージです)
設定のポイントは、メーターを「推奨(グリーンゾーン)の-3〜-6dB」に収めることから始めることです。
- -3dBに届かない場合: 圧縮の効果が薄く、ダイナミクスを整える目的には不十分なことが多いです。
- -10dBを超えて振れる場合: 「注意領域」に入っており、音が潰れすぎていないか、不自然な歪みが出ていないかを確認してください。
迷ったらまず「グリーンゾーン」を目指す。そこを起点に、楽曲に合わせて微調整していくのが最も失敗の少ないステップです。
ゲインリダクション量は、『どれだけ信号が小さくされたか』を示す値であり、必ずGR専用メーターで確認してください。
InputメーターとOutputメーターの差では測れません(Outputはメイクアップゲインで変化するため)。
詳しくは『コンプレッサー入口編⑥「メイクアップゲイン完全ガイド」』で解説しています。
6. スレッショルド設定チートシート
スレッショルド周りで違和感を覚えたときは、次の流れでチェックします。
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7. よくある質問
- Q「ゲインリダクション -3〜-6dB がちょうどいい」と言われる理由は?
- A
このレンジは、多くのケースで「変化が聴き取れるが、副作用が強すぎない」領域だからです。学習段階では、まずこの範囲を基準として、そこから「もっと強く」「もっと弱く」と調整していくと、感覚をつかみやすくなります。
- Qメイクアップゲインでノイズが目立つ仕組みはわかりましたが、どうしてもノイズを上げたくない場合はどう対策すればいいですか?
- A
コンプレッサーをかける「前」の段階で、ノイズゲートやエクスパンダーを使って無音部分のノイズをカットしておくか、iZotope RXなどのノイズ除去ソフトでオーディオ自体をクリーンにしておく必要があります。
- Q「耳だけでなくGRメーターを見る」とありますが、もしGRが注意領域になっていても、自分の耳で聞いて「かっこいい」と思ったらその設定でも良いのでしょうか?
- A
全く問題ありません。GRメーターの数値はあくまで「迷子にならないための基準」です。あえて潰した音を作りたい場合は、-10dB以上深くかけてキャラクターを作ることも多々あります。最終的には耳での判断を優先してください。
- Q最初に見ながら設定する際、「Ratioを2:1、Attackをやや速め」と仮決めするのはなぜですか?
- A
Ratioが低すぎると圧縮の効果がわかりにくく、高すぎると不自然になりやすいため、初心者が「圧縮されている感覚」を一番自然に掴みやすいのが2:1〜3:1付近だからです。また、Attackを極端に遅くするとピークが通り抜けてしまいGRメーターの動きが読みづらくなるため、やや速めに設定してメーターをしっかり反応させます。
8.まとめ
スレッショルドは、
- 「入力レベルに対してどこに境界線を引くか」を決めるパラメータ
- 絶対的な正解値は存在せず、毎回の素材ごとに測定と計算が必要
- ゲインリダクションメーターと耳の両方を使って、-3〜-6dB付近を基準に調整していく
という性質を持っています。
この考え方を押さえておくと、テンプレートやプリセットに頼らなくても、毎回の素材に対して合理的なスレッショルド設定を行えるようになります。
9.次に読むべき記事
Threshold を決める際の「入力ゲイン設定」について →
・コンプレッサー入口編⑤「ニー完全ガイド」
Threshold 設定後の「Ratio」「Attack」「Release」の最適化 →
・コンプレッサー入口編➁「レシオ完全ガイド」
・コンプレッサー入口編③「アタック完全ガイド」
・コンプレッサー入口編④「リリース完全ガイド」
メイクアップゲインとの連携を理解したい →
・コンプレッサー入口編⑥「メイクアップゲイン完全ガイド」
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

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