【完全保存版】マルチバンドコンプレッサーの使い方徹底ガイド

コンプレッサー編 14 ・コンプレッサー
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本記事では、

  • マルチバンドコンプレッサーの動作原理
  • 代表的なプラグインのキャラクターと得意分野
  • ダイナミックEQとの決定的な違いと使い分け
  • 具体的なパラメータ操作による音の変化
  • ソース別・実践的な設定例(10選)
  • よくある質問(10選)
  • お勧めしない使い方

を、できるだけ実践的な目線で整理していきます。


1. マルチバンドコンプレッサーの特徴

マルチバンドコンプレッサーは、特定の周波数帯域のダイナミクスだけを個別に制御するためのツールです。バスコンプレッサーがミックス全体を「接着」するのに対し、こちらはより「外科的」な問題解決に使われます。

1-1. クロスオーバーの仕組みと副作用

マルチバンドコンプレッサーは、「クロスオーバー」と呼ばれるフィルターを使って、オーディオ信号を複数の帯域(バンド)に分割します。

  • 例えば、「低域」「中域」「高域」の3バンドに分割する。
  • それぞれのバンドに、独立したコンプレッサーを適用する。

これにより、「ボーカルの高域だけを抑えて歯擦音を軽減する」「ベースの低域だけをタイトにする」といった、ピンポイントな処理が可能になります。

ただし、この分割(クロスオーバー)自体が音質変化の原因になるという重要な特性があります。たとえコンプレッションを一切かけなくても、フィルターを通過するだけで位相がずれ、元の波形と完全には一致しなくなります。これが、マルチバンドコンプレッサーが「音が変わる」「扱いが難しい」と言われる一因です。

1-2. ダイナミックEQとの決定的な違い

よく似たツールに「ダイナミックEQ」がありますが、両者には根本的な違いがあります。

  • マルチバンドコンプレッサー: 常に信号をバンドに分割している。EQのカーブは比較的緩やか。
  • ダイナミックEQ: 特定の条件(スレッショルドを超えた時など)でのみ、指定した周波数ポイントのゲインを変化させる。バンドのQが非常に狭く、ピンポイントな処理が可能。

イメージとしては、広い範囲のトーンをダイナミックに整えるのがマルチバンドコンプ特定の周波数の「飛び出し」だけを叩くのがダイナミックEQと捉えると分かりやすいでしょう。


2. 代表的なマルチバンドコンプレッサー

ここでは、定番とされるプラグインを「モダン・デジタル系」と「アナログエミュレート系」に分けて整理します。

2-1. モダン・デジタル系

柔軟性と透明性を重視した、現代的な設計のプラグイン群です。

FabFilter Pro-MB

FabFilter Pro MB

「必要な場所にだけバンドを作れる」という非常に柔軟な設計が最大の特徴。クロスオーバーによる不要な位相干渉を最小限に抑えられます。また、位相変化の少ない「ダイナミックフェイズ」モードも搭載しており、極めて透明な処理が可能です。

iZotope Ozone

IZOTOPE

マスタリングスイートOzoneなどに含まれるモジュール。クリアな音質と、AIによる自動設定アシスト機能が強みです。コンプレッションだけでなく、エキスパンションも可能です。

Waves C4 / C6

waves c6

長年業界標準として使われてきた定番。C6は4バンドに加え、2つのフローティングバンドを備え、柔軟な処理が可能です。キャラクターは比較的クリアで、音作りにも積極的に使えます。

2-2. アナログエミュレート系

実在するハードウェアの挙動や音質を再現したプラグイン群。音楽的な「味付け」を求める場合に選択肢となります。

Softube Tube-Tech SMC 2B

Softube Tube Tech SMC 2B

真空管を使った3バンドのオプティカルコンプレッサーの名機をエミュレート。非常にスムーズで音楽的なコンプレッションが特徴で、マスターバスや楽器バスを優しくまとめるのに適しています。

Softube Drawmer 1973

Softube Drawmer 1973

70年代のFETコンプレッサーをベースにしたモデル。アナログらしいパンチとキャラクターを付加でき、ドラムバスやロック系のマスターで活躍します。


3. ダイナミックEQとの使い分け

マルチバンドコンプレッサーの立ち位置をより明確にするため、ダイナミックEQとの比較で使い分けを整理します。

3-1. 各ツールのざっくり比較

ツール
動作原理
得意な処理
音の変化
主な用途
マルチバンドコンプ
常に帯域を分割
広い帯域のダイナミクス制御
トーン全体が変化、まとまり感が出る
・帯域ごとの音量バランス調整
・マスターのローエンド管理
・ドラムバスのトーンシェイピング
ダイナミックEQ
条件付きでEQが動作
特定周波数のピンポイント処理
外科的で変化が少ない
・ボーカルの耳障りな共鳴除去
・スネアの特定の周波数だけを強調
・アコギの特定の弦の響きを抑制

3-2. マルチバンドコンプが得意な領域

  • トーンバランスの調整: 「低域が少し強すぎる」「高域がやや不安定」といった、広い帯域のバランス問題を解決します。
  • グルーの補佐: マスターバスで低域だけを軽く抑えることで、キックのアタックでミックス全体が揺れるのを防ぎ、より自然なグルー感を得られます。
  • キャラクターの付加: アナログエミュレート系を使い、特定の帯域にサチュレーションやパンチを加えるといった積極的な音作りが可能です。

3-3. マルチバンドコンプが不得意な領域

  • 外科的な問題解決: 「ボーカルの2kHzだけが特定のメロディでキンキンする」といった問題には、ダイナミックEQの方が圧倒的に透明で効果的です。
  • 全体的なレベリング: 曲を通して音量が小さい、大きいといった問題は、通常のコンプレッサーやオートメーションで解決すべきです。

基本的には、「線」や「面」で捉えるのがマルチバンドコンプ、「点」で捉えるのがダイナミックEQと考えると、判断ミスが少なくなります。


4. 実践的な操作手順と変化の聴き方

ここでは、FabFilter Pro-MBを例に、基本的な操作手順と聴くべきポイントを整理します。

4-1. セットアップの流れ

  1. 目的と帯域を決める: まず「高域の耳障りな部分を抑えたい」といった目的を明確にします。次に、プラグインのソロ機能(ヘッドホンアイコンなど)を使い、処理したい帯域を正確に特定します。
  2. 極端な設定で動きを掴む: まずレシオを高く(8:1など)、スレッショルドを深く下げ、ゲインリダクション(GR)が10dB以上になるようにします。この大袈裟な状態で、コンプの動作を耳で捉えます。
  3. アタックとリリースを決める:
    • アタック: 音の頭(トランジェント)をどう処理するか決めます。速くするとトランジェントが抑えられ、遅くすると通過してパンチが出ます。高域の歯擦音なら速く、低域のパンチを残したいなら遅めに設定します。
    • リリース: 音が鳴り終わった後、コンプが元に戻る速さです。速すぎると歪みっぽく、遅すぎるとダイナミクスが失われます。GRメーターの動きが音楽のテンポと合うと、自然な結果になることが多いです。
  4. レシオとスレッショルドを実用範囲に戻す: 動きが決まったら、レシオを1.5:1〜3:1程度に戻します。スレッショルドをゆっくり調整し、GRが最も大きい部分で2〜4dB程度になるようにします。
  5. メイクアップゲインで音量を揃える: ON/OFFで音量が同じになるようにゲインを調整します。これは、音量差による錯覚を防ぐための非常に重要なステップです。

4-2. 聴き取りのポイント

  • バンドのソロ機能を徹底活用する: 何よりもまず、処理している帯域だけを聴きましょう。コンプが「何を」「どのくらい」抑えているのかが明確にわかります。
  • 前後の音との関係を聴く: 特にリリースが重要です。ある音に対するコンプレッションが、次の音のアタックまで影響していないか確認します。影響しすぎている場合はリリースを速めます。
  • バイパスして全体像を確認する: ピンポイントの処理に集中しすぎると、ミックス全体のバランスを見失いがちです。定期的にプラグインをバイパスし、処理が意図した通りの効果を生んでいるか、客観的に判断しましょう。

5. ソース別・実践的な設定例

ここでは、スタートポイントとして使える設定例をまとめます。

用途
機材タイプ
ターゲット帯域
レシオ
アタック
リリース
GR目安
ヒント
ボーカルのディエス
Pro-MB / C6
5k-10kHz
8:1
1-5ms
20-50ms
3-6dB
歯擦音の「サ」「シ」だけを叩くように、速い設定が基本。
ボーカルの破裂音抑制
Pro-MB
60-120Hz
6:1
最速
50ms
4-8dB
「パ」「バ」行の低周波エネルギーだけをピンポイントで抑える。
アコギの胴鳴り抑制
Dynamic EQ / Pro-MB
150-300Hz
4:1
10ms
100ms
2-4dB
特定のコードで発生するブーミーな響きを抑え、クリアにする。
メタルギターの刻み
Pro-MB / Drawmer 1973
100-400Hz
3:1
20ms
80ms
2-3dB
パームミュートの「ズン」というアタック感を損なわずに、余分な膨らみをタイトにする。
ベースの音粒を揃える
Tube-Tech SMC 2B / C4
100-1kHz
2.5:1
30ms
120ms
2-4dB
弦やポジションによる音量・音色のバラつきを滑らかにする。
ドラムルームのシンバル
Pro-MB (エキスパンダー)
4kHz以上
2:1
5ms
200ms
+3dB
スネアのアタック時だけシンバル成分を持ち上げ、躍動感を出す。
マスターバスの低域管理
Pro-MB / Ozone
120Hz以下
1.5:1
40ms
100ms
0.5-2dB
キックがコンプを過剰に揺らすのを防ぎ、ヘッドルームを確保する。
マスターの耳障り抑制
Pro-MB / Ozone
2k-5kHz
2:1
10ms
80ms
0.5-1dB
ミックスが少し耳障りに感じる時、その帯域だけを優しく抑える。
リバーブの整理
Pro-MB
200-500Hz
2:1
20ms
150ms
2-3dB
リバーブ成分の低中域を抑え、原音の明瞭度を保つ。
EDMのシンセリード
Pro-MB / Ozone
1k-4kHz
4:1
10ms
80ms
3-5dB
コード弾きの中でメロディラインを際立たせ、前に出す。

6. お勧めしない使い方

  • 基本的な音量・EQ処理の代用: 「ボーカルが小さいから」とマルチバンドコンプで持ち上げるのは間違いです。まずフェーダーやEQで基本的なバランスを取るのが大前提です。
  • ミックス初期段階での使用: 各トラックの音が固まる前に使うと、問題の本質を見失う原因になります。まずは個別の音作りを完了させましょう。
  • アレンジの問題解決: 楽器同士の周波数帯が衝突している場合、コンプで無理やり抑えるのではなく、アレンジ(音域、音色、タイミング)を見直すべきです。
  • 過剰なゲインリダクション: いずれかのバンドで常時5dB以上GRが振れている場合、その帯域のダイナミクスを殺しすぎている可能性が高いです。音が生気を失い、平坦になります。
  • シングルバンドコンプの理解不足での使用: 通常のコンプレッサーの各パラメーターがどう作用するかを耳で理解できていないと、ほぼ確実にミックスを悪化させます。急がば回れです。

7. よくある質問

Q
バスコンプとマルチバンドコンプの違いは?
A

目的が違います。バスコンプは「全体を接着し一体感を出す」こと、マルチバンドコンプは「特定の帯域の問題を解決する」ことが主目的です。

Q
リニアフェイズモードはいつ使うべき?
A

位相ずれを絶対に避けたいマスタリング時や、パラレル処理で原音とミックスする場合に有効です。ただし、CPU負荷が高く、アタックが鈍る(プリリンギング)副作用もあるため、常に最適とは限りません。

Q
なぜ「とりあえず」で使うのが危険なの?
A

複数のコンプレッサーを同時に動かすようなもので、安易に使うと各帯域のバランスを簡単に崩してしまうからです。シンプルなEQやコンプで解決できないか、まず考える癖をつけましょう。

Q
「OTT」って何?
A

Ableton LiveのMultiband Dynamicsの有名なプリセットです。極端な上方・下方圧縮でサウンドを派手にする効果がありEDMなどで多用されますが、ダイナミクスは失われます。

Q
上方コンプレッション(Upward Compression)とは?
A

スレッショルドより小さい音を持ち上げる処理です。微細なゴーストノートやリバーブの余韻などを際立たせることができます。

Q
クロスオーバーポイントはどう決める?
A

処理したい音と、影響を与えたくない音の境界を探します。バンドのソロ機能を使い、分離したい音が的確にそのバンドに収まるように調整するのが基本です。

Q
ダイナミックEQとどっちが良い?
A

ケースバイケースです。広い帯域のトーンを整えたいならマルチバンドコンプ、特定の周波数のピークを狙い撃ちしたいならダイナミックEQが適しています。

Q
ゲインリダクションはどれくらいが適切?
A

目的によりますが、問題解決なら2〜4dB、マスタリングなら0.5〜1dBが目安です。深くかけるほど音の変化も大きくなります。

Q
本当に「音が悪くなる」の?
A

クロスオーバーによる位相干渉は物理的に発生します。しかし、現代の高品質なプラグイン(特にリニアフェイズやダイナミックフェイズモードを持つもの)では、その影響は最小限に抑えられており、メリットの方が大きい場合がほとんどです。

Q
結局、一番のコツは?
A

「何をしたいのか」という目的を明確にし、その目的の達成に必要な最小限の処理に留めることです。そして、必ず音量を揃えてON/OFF比較をすることです。


まとめ

今回はマルチバンドコンプレッサーについて、

  • クロスオーバーによる動作原理と副作用
  • 代表的なプラグインのキャラクター
  • ダイナミックEQとの明確な使い分け
  • 実践的な操作手順と聴き方のコツ
  • ソース別の具体的な設定例

といったポイントを整理してきました。

マルチバンドコンプレッサーは、

  • ミックスの特定の周波数帯域の問題を外科的に解決する
  • マスタリングで全体のトーンバランスを最終調整する
  • ダイナミクスをクリエイティブにコントロールする

といった場面で、代えの効かない強力な武器になります。

バスコンプレッサーが「全体のまとめ役」なら、マルチバンドコンプレッサーは「各部門の専門家」と言えるでしょう。この2つを使いこなすことで、ダイナミクス系の処理はほぼマスターしたと言っても過言ではありません。


著者について

NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)

業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

詳細プロフィール

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