
この記事では、ダイナミックEQとは何か、具体的な設定方法、プロが実践するソース別のセッティング例まで徹底的に解説し、
「ミックスで特定の音だけが耳障りになる」
「ボーカルとオケの馴染みが悪い」…
そんな悩みを解決して、ミックスのクオリティを一段階引き上げていきます。
1. ダイナミックEQとは?静的EQ・マルチバンドコンプとの違い
ダイナミックEQの基本
ダイナミックEQは、パラメトリックEQとダイナミクス処理(コンプレッサー/エキスパンダー)を組み合わせたハイブリッドツールです。
静的なEQが固定されたゲインで常に動作するのに対し、ダイナミックEQは入力信号のレベルに応じてEQのゲインが動的に変化するのが最大の特徴です。
- ターゲット処理:設定したスレッショルド(閾値)を超えた瞬間にだけ、指定した周波数帯域をブースト/カットします。
- 透明性の高い処理:問題となる瞬間だけ動作するため、ソースの持つ自然なダイナミクスを損なわず、透明感のある処理が可能です。
パラメトリックEQとの違い
パラメトリックEQ | ダイナミックEQ (Dynamic EQ) | |
|---|---|---|
動作 | 常時、固定ゲインで動作 | 特定のレベルを超えた時だけ動作 |
用途 | 全体的なトーンシェイピング | 間欠的に発生する問題の修正 |
例 | 「楽器全体を明るくする」 | 「ボーカルが叫んだ時だけ高域を抑える」 |
マルチバンドコンプレッサーとの決定的違い
「特定の帯域のダイナミクスを制御する」という点で両者は似ていますが、構造が異なります。
- ダイナミックEQ:EQがベース。精密なEQカーブ(ベル、シェルビング)で、ピンポイントな周波数処理が得意。
- マルチバンドコンプ:コンプレッサーがベース。クロスオーバーフィルターで帯域を分割するため、比較的広い帯域を緩やかに処理するのに向いています。
特徴 | ダイナミックEQ | マルチバンドコンプレッサー |
|---|---|---|
フィルター | 精密なEQカーブ(Qで調整) | クロスオーバーフィルター |
位相特性 | 動作時にのみ位相変化 | 常に位相干渉のリスクあり |
得意な処理 | 外科的なピンポイント処理 | 自然な全体処理 |
バンド数 | 多い(例: Pro-Q3で24バンド) | 少ない(例: 4〜6バンド) |
2. 代表的なダイナミックEQプラグイン5選
① FabFilter Pro-Q3

- 特徴:最大24バンド、全バンドでダイナミックEQ化可能。直感的なUIと高機能性で、プロの現場での使用率No.1。
- 価格帯:高価格帯
- 用途:ミキシング、マスタリング、あらゆる場面で活躍する万能型。
② iZotope Ozone Dynamic EQ

- 特徴:マスタリングスイートOzoneに搭載。アナログライクなサウンドと、AIによるアシスト機能が魅力。
- 価格帯:中〜高価格帯
- 用途:主にマスタリング、高品質なバス処理。
③ Waves F6 Floating-Band Dynamic EQ

- 特徴:6つのフローティングバンド(自由に配置可能)とリアルタイムアナライザーを搭載。サイドチェイン機能も強力。
- 価格帯:中価格帯
- 用途:ボーカル処理、ディエッシングなど、ミキシング全般。
④ TDR Nova (Free / GE)

- 特徴:無料版でも4バンドのダイナミックEQを搭載。パラレル処理やAuto Gainなど、価格を遥かに超える機能を持つ。
- 価格帯:無料〜低価格帯
- 用途:コストを抑えたいユーザー、初心者からプロまで。
⑤ Kirchhoff-EQ

- 特徴:最大32バンド、15種のフィルタータイプ、32種のビンテージEQモデリングなど、圧倒的な機能性を誇る「全部入り」EQ。
- 価格帯:高価格帯
- 用途:サウンドデザイン、究極の精度を求めるミキシング/マスタリング。
3. 得意なこと、不得意なこと
得意なシチュエーション
- 間欠的な問題周波数のピンポイント除去
- ボーカルのシビランス(サ行の刺さり)や特定の音での共鳴
- スネアの特定のヒットでだけ発生する「カーン」という倍音
- アコギの特定のコードでだけ膨らむ低域
- サイドチェインによる空間作り
- キック vs ベース:キックが鳴った瞬間だけベースの低域をカットし、住み分ける。
- ボーカル vs 上モノ:ボーカルが歌っている間だけ、ギターやシンセの中域をわずかにカットし、ボーカルの通り道を作る。
- ダイナミクスの維持と強調(エキスパンション)
- ベースの「デッドスポット」(特定の音だけ音量が小さい問題)を、その音域だけ動的に持ち上げて均一化する。
- キックのアタック感を、静的EQのように全体を持ち上げるのではなく、ヒットの瞬間だけブーストして強調する。
不得意なシチュエーション
- 全体的なトーンシェイピング
- 「もっと明るいサウンドにしたい」「全体的に低域を厚くしたい」といった、常に適用したい音色変更には静的EQが適しています。
- 根本的な問題の修正
- 録音時のノイズ、クリッピング、不適切なマイク選定などの「録り音」自体の問題は解決できません。「Garbage in, garbage out」が原則です。
4. 基本操作とパラメータを聴き取るコツ
Step 1: 問題周波数の特定
- スイープで探す:EQバンドのQを狭く(Q=8程度)、ゲインを+10dBほどに設定し、周波数をスイープして最も耳障りなポイントを探します。
- アナライザーで見る:リアルタイムアナライザーで突出している周波数を確認します。
Step 2: バンドとダイナミクスの設定
- 周波数とQを設定:特定した周波数に合わせ、Qで帯域幅を決めます(ピンポイントなら狭く、音楽的なら広く)。
- Range(ゲイン)を設定:カット/ブーストの最大量を決めます(例: -4dB)。
- Thresholdを設定:問題が起こるレベルでだけエフェクトが掛かるようにスレッショルドを調整します。
Step 3: タイミング(Attack/Release)の調整
タイミングは周波数帯域によってセオリーがあります。
- 高域 (4kHz〜):速いアタック/リリース (Attack: 0.5-2ms / Release: 15-30ms)
- シビランスのような瞬間的な音に追従させるため。
- 中域 (200Hz-4kHz):中程度のアタック/リリース (Attack: 5-10ms / Release: 80-150ms)
- ボーカルの共鳴などを自然に抑えるため。
- 低域 (〜200Hz):遅いアタック/リリース (Attack: 10-20ms / Release: 100-250ms)
- 波長の長い低域のトランジェントを潰さず、自然に処理するため。
聴き取りのコツ:多くのプラグインにある「GR Delta(ゲインリダクションだけを聴く)」機能を使うと、どの音が処理されているか正確にモニタリングでき、設定を追い込みやすくなります。
5. 【実践】ソース別セッティング12選
ボーカル
- シビランス除去:5-8kHzを狭いQで、速いA/Rでカット。
- こもり除去:300-500Hzを中程度のQ/A/Rで、声が大きい時だけカット。
- プレゼンス強調:2-4kHzをエキスパンダーで、サビなど盛り上がる部分でだけブースト。
ドラム
- キックのサブ強調:60-80Hzをエキスパンダーで、ヒットの瞬間だけブースト。
- キックのマディネス除去:250-350Hzを、他の楽器と被る時にカット。
- スネアの胴鳴り制御:800Hz-1.5kHz付近の「カーン」という共鳴を、強打時のみピンポイントでカット。
ベース
- キックとの住み分け:キックをサイドチェインに設定し、キックが鳴った瞬間だけベースの60-100Hzをカット。
ギター
- アコギのピエゾ臭さ除去:1-3kHzの耳障りな成分を、強く弾いた時だけカット。
- エレキとボーカルの住み分け:ボーカルをサイドチェインに設定し、歌っている間だけギターの250-500Hzをカット。
その他
- ピアノのダイナミクス制御:特定の鍵盤だけ音が大きい/小さい場合に、その音域をコンプレッション/エキスパンションで均一化。
- ストリングスのハーシュネス制御:クレッシェンドで耳障りになる2-5kHzを、自然さを損なわないよう緩やかにカット。
- ブラスのピーク制御:強奏時に突き刺さる2-4kHzを、アタックを少し遅めにしてトランジェントを活かしつつ制御。
6. お勧めしない使い方
- 過剰なバンド使用:1トラックに何バンドも使うと、不自然なマルチバンドコンプのようになり、音が「踊り」ます。基本は2〜3バンドまで。
- パラメトリックEQの代わりに使う:常にカット/ブーストしたい場合は、パラメトリックEQを使いましょう。
- ソロで完結させる:必ずミックス全体の中で調整しましょう。ソロで良くてもオケに混ざると意味がないことがあります。
- 複数トラックで同じ帯域をブースト:ミックス全体で特定の周波数が飽和し、バランスが崩壊します。
- ブーストへの依存:まずカットで解決できないか考えましょう。引き算のミキシングが基本です。
- 録り音の問題を修正しようとする:EQは魔法の杖ではありません。ノイズや歪みは録音段階で解決すべきです。
- マスターバスでの過剰な処理:マスターでの大幅な処理は、ミックスの甘さの表れです。問題があるならミックス段階に戻りましょう。
7. よくある質問
- QダイナミックEQとディエッサーの違いは何ですか?
- A
ディエッサーは「高域に特化した1バンドのダイナミックEQ」です。シビランス(サ行の刺さり)除去に最適化されています。ダイナミックEQはより多機能で、あらゆる周波数帯域の問題に対応できます。
- QパラメトリックEQとダイナミックEQ、どう使い分ければ良いですか?
- A
パラメトリックEQは「常に適用したい音色の土台作り」、ダイナミックEQは「時々発生する問題の修正」と覚えましょう。
- Qアタックとリリースの設定が分かりません。
- A
まずはプラグインの自動設定を試し、そこから調整するのが近道です。基本は「高域=速く」「低域=遅く」です。不自然に感じたら、GR Delta機能で処理音だけを聴きながら調整してみてください。
- QダイナミックEQを使いすぎるとどうなりますか?
- A
音が「踊る」ような不自然なマルチバンド圧縮効果が生まれ、トーナルバランスが崩壊します。1つのトラックには2〜3バンド程度が賢明です。
- Qマスタリングでの使い方はミキシングと違いますか?
- A
はい。ミキシングでは積極的な問題解決(±3〜6dBも可)に使いますが、マスタリングでは繊細なバランス調整(±1〜2dB程度)が基本です。また、位相ずれのないLinear Phaseモードの使用が推奨されることが多いです。
- Qサイドチェインの具体的な設定方法を教えてください。
- A
①トリガーにしたいトラック(例: キック)を、処理したいトラック(例: ベース)のプラグインにサイドチェイン入力として送ります。
②ベースのEQでカットしたい周波数(60-100Hz)を設定し、
③アタックを最速、リリースをキックのディケイに合わせて調整します。
- QQ幅はどれくらいが良いですか?
- A
狭いQ (3〜10)は共鳴除去などの外科的処理、広いQ (0.5〜1.5)は音楽的な自然な処理に向いています。迷ったら広いQから始め、必要に応じて狭めていくのが安全です。
- QダイナミックEQでブーストするのはアリですか?
- A
はい、非常に効果的です。例えば、ベースのデッドスポット(特定の音だけ音量が小さい問題)をエキスパンダーで持ち上げたり、キックのアタック感を強調したりするのに使えます。ただし、カットで解決できないか常に検討しましょう。
- QCPU負荷は高いですか?
- A
パラメトリックEQより高くなります。リアルタイムでレベル検出と複雑な計算を行うためです。多用する場合は、トラックをフリーズ/バウンスするなどの工夫が必要です。
- QLinear PhaseモードとMinimum Phaseモードはどちらを選ぶべきですか?
- A
Minimum Phaseはレイテンシーが少なく自然なサウンドで、ミキシングの大部分に適しています。Linear Phaseは位相ズレがないためマスタリングや複数EQを重ねる際に有利ですが、プリリンギングという副作用と高レイテンシーが欠点です。迷ったらMinimum Phaseから試しましょう。
8. まとめ
ダイナミックEQは、現代のミキシングにおいて不可欠なツールです。その本質は「必要な時に、必要な場所にだけ、必要な量のエフェクトをかける」という、極めてインテリジェントな処理にあります。
- 使い分け:音色の土台は静的EQ、問題解決はダイナミックEQ。
- 節度:多用は禁物。耳を信じ、ミックス全体で判断する。
- 実践:まずはボーカルのディエッシングや、キックとベースの住み分けから試してみるのがお勧めです。
この記事で紹介した知識とテクニックを武器に、ぜひあなたのミックスを次のレベルへと引き上げてください。
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

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