
本記事では、
- PWMコンプレッサーの動作原理
- VCA、OPT、FET、Vari-Mu(真空管)、PWMの比較
- Kramer PIE、Pythorを代表とするプラグイン
- 具体的なパラメータ操作による音の変化
- ソース別・実践的な設定例
- よくある質問(11選)
- お勧めしない使い方
を、できるだけ実践的な目線で整理していきます。
1. PWMコンプレッサーの特徴
1-1. PWM方式とは何か
PWM(Pulse Width Modulation)コンプレッサーは、ゲインコントロールに「パルス幅変調」を使うタイプのコンプレッサーです。
PWMでは、
- 数十〜数百kHzといった可聴帯域よりはるかに高い周波数のパルスを使い
- オーディオ信号を「超高速のオン/オフスイッチ」のように切り替え
- そのオンになっている時間の割合で、実質的な平均レベルを決める
という仕組みになっています。
パルスによって生じる高周波成分は、後段のローパスフィルターで除去されるため、耳には連続したアナログ信号として届きます。
その結果、非常に低歪みかつ高速なコンプレッションが可能になるのがPWM方式の特徴です。
1-2. 技術的な特徴と他方式との大きな違い
PWMコンプレッサーには、他の方式と比べて以下のような特徴があります。
- 極めて高速な応答
スイッチング周波数が数百kHz〜1MHzクラスに設定されることもあり、ゲインセルそのものの反応は非常に速くすることができます。
実際のアタック/リリースはサイドチェイン側の検出回路で決まりますが、「速い設定にしても破綻しにくい」のが長所です。 - 低歪み・高ヘッドルーム
適切に設計された PWMゲインセルは、非常に低い歪みと広いダイナミックレンジを確保できます。
Crane Song STC-8やD.W. Fearn VT-7といった代表機種は、+25dBmクラスのヘッドルームと広い帯域を備えたハイエンド機として設計されています。 - 「素の音」を保ったままレベルだけを整えやすい
トランスや真空管などをどれだけ組み合わせるかは機種ごとに異なりますが、ゲインコントロールそのものは非常にクリーンな特性を持ちます。
そのため、「音色は他の段で作り、PWMではレベルだけを整える」という使い方に向いています。
1-3. サウンドキャラクター
- 非常にクリーンで透明
「VCAよりさらにクリーン」
「フェーダーを自動で動かしているような感覚」 - トランジェントへの追従性が高い
アタック/リリースを速く設定しても、歪みが出にくく、ピークコントロールとコンプレッションを両立しやすい設計の機種もあります(Crane Song STC‑8など)。 - 機種ごとのキャラクター差が大きい
Pye系のハードウェアやそのエミュレーションはパンチ感の強い「ロック向き」のキャラクターとして語られ、一方STC‑8やVT‑7はマスタリング向けの極めてクリーンなコンプとして評価されています。
同じ PWM方式でも性格が大きく変わる点は押さえておきたいところです。
2. 代表的なプラグイン
PWMコンプレッサーは製品数自体が少ないため、「何を基準に学べばいいか」が分かりづらいジャンルです。
ここでは、PWM方式であることが明示されている代表的なプラグインを整理します。
2-1. Waves Kramer PIE Compressor

(Waves Kramer PIE Compressor)
- 1960年代の [Pye Broadcast] コンプレッサーをモデルにしたプラグイン。
- パラメータは Threshold、Ratio、Decay Time(Release)、Outputというシンプルな構成で、アタックは固定です。
- ドラムバスやバックボーカル、2mixなど、「ロック系のまとまり」を出す用途でよく使われます。
2-2. Tone Empire Pythor

(Tone Empire Pythor)
- 「1960年代の英国製PWMコンプレッサー」をキャプチャしたプラグインです。
- オーバーヘッド、キック、スネアなど、ドラムに対するアグレッシブなコンプレッションを主な想定用途としています。
- 1:1 から高レシオ、リミットモードまで備え、プリ部だけをドライブしてサチュレーション目的で使うこともできます。
2-3. MixWave D.W. Fearn VT‑7 など

(MixWave D.W. Fearn VT‑7)
- D.W. Fearn VT‑7は、オール真空管のオーディオパスとPWMゲインリダクション回路を組み合わせたステレオコンプレッサーです。
- VT‑7プラグインは、このハードの挙動をエミュレートしており、マスタリングやミックスバスでの透明かつリッチなコンプレッションを主用途としています。
3. FET、VCA、Vari-Mu、OPTの比較
PWMコンプレッサーを理解するうえで重要なのが、他方式との相対的な違いです。
ここでは、各方式の典型的なキャラクターと、PWMの立ち位置を整理します。
3-1. 各方式のイメージ
- VCAコンプレッサー(SSL、dbx、APIなど)
IC化されたVCAを使い、精度の高いゲイン制御と多機能さが特徴です。
ドラムバス、ミックスバス、シンセなど、現代的な音楽制作の“基準”とも言える存在です。 - Optical(オプト)コンプレッサー
入力信号で発光素子を光らせ、その光で LDR(光依存抵抗)を変化させる方式です。
アタック/リリースがプログラム・ディペンデントで、滑らかなレベリングに向きます。
LA-2A に代表され、ボーカルやベースでよく使われます。 - FETコンプレッサー(1176系など)
FET 素子を使った方式で、超高速なアタック/リリースと、積極的な倍音・サチュレーションが特徴です。
ロックボーカルやスネアなど、「前に出したい」「荒々しさが欲しい」トラックに向きます。 - Vari-Mu(真空管)コンプレッサー
真空管のバイアスを変化させてゲインをコントロールする方式で、ソフトニー、比較的ゆったりしたアタック/リリース、真空管由来の太い倍音が特徴です。
マスタリングやボーカル、アコースティック系のバス処理などに向きます。 - PWMコンプレッサー
ここまで解説してきた通り、パルス幅変調によるスイッチングでゲインを制御する方式で、非常に高速かつクリーンなコンプレッションが可能です。
3-2. PWMコンプレッサーが得意なこと
- 音色を変えずにダイナミクスだけを整える
VCA以上に透明なコンプレッションが可能とされており、「音のキャラクターはそのままに、レベルだけを狙って整えたい」ときに非常に有効です。
VT‑7は、マスタリング/ミックスバスでの透明なレベリング用として高く評価されています。 - ピークコントロールとコンプレッションを一台でこなす
コンプとピークリミッターを同じゲインセルで同時動作させる設計も可能で、ピーク保護とレベリングを一台でまとめて行いたい場面に向きます。 - 高速で破綻しにくい制御
元々の応答が非常に速いため、アタック/リリースを短めにしても歪みが出にくく、ドラムやベースのピーク処理に向きます。 - 「最後段コンプ」としての運用
2mixやステムの最終段に挿し、「音色は他で作ったうえで、最後にクリーンにまとめる」という役割で使いやすいのもPWMの大きな強みです。
3-3. PWMコンプレッサーの弱点・注意点
- キャラクター付け単体で使うには物足りないことがある
多くのエンジニアが「非常に透明だが、FETやVari-Muに比べるとキャラが薄い」とコメントしており、積極的な倍音や“色”が欲しい場面では、他方式のコンプやサチュレーターと併用されることが多いです。 - 方式だけではキャラクターを判断できない
Pye系のように色が濃い機種もあれば、VT‑7のように非常にクリーンな機種もあり、「PWMだからこういう音」と一般化するのは適切ではありません。
個々の機種の設計思想とオーディオパスを確認することが前提になります。
3-4. 他方式との比較イメージ(用途ベース)
| 方式 | 得意な用途(傾向) | PWMとの比較ポイント |
|---|---|---|
| FET | ロックボーカル、スネア、パーカッション、攻撃的なコンプ | FETは「速くて色が濃い」。PWMは同等以上の速さを持ちつつ、よりクリーンにレベルコントロールしたい場面に向きます。 |
| VCA | ドラムバス、ミックスバス、シンセ、汎用 | VCAもクリーンですが、PWM は理論上さらに低歪みです。VCAはパンチとグルー感、PWMはより無色透明な制御に適しています。 |
| Vari-Mu | マスタリング、2mix、ボーカル、アコースティック全般 | Vari-Muは厚みや粘り、真空管由来の倍音が持ち味。PWMはより速くスリムで、色付けよりも整える方向に強みがあります。 |
| Opto | ボーカル、ベース、滑らかなレベリング | Optoは「ゆっくり・自動的に変化する」タイプ。PWM はアタック/リリースを精密に決めて、より正確なレベリングを行いたい場面で優位です。 |
4. 操作手順と各パラメータの変化を聴き取るコツ
PWMコンプレッサーは挙動が速く、変化が分かりづらいと感じることもあります。
ここでは、実際のミックスでどう聴き分けるかにフォーカスして手順を整理します。
4-1. 基本パラメータのおさらい
PWMコンプレッサーは、他方式と同じく以下のパラメータを備えています。
- Threshold(スレッショルド)
- Ratio(レシオ)
- Attack(アタック)
- Release / Decay(リリース)
- Makeup Gain / Output(メイクアップ/出力)
- Knee(ニー)
- サイドチェイン HPF、フィードバック/フィードフォワード切替、モード切替 など
定義自体は一般的なコンプレッサーと同じなので、「PWM専用の特別なパラメータ」があるわけではありません。
4-2. 実際のセットアップ手順
- 入力レベルとメーターを整える
プラグインの推奨レベル(多くは−18dBFS付近)を目安に、まずはインプットを調整します。
メイクアップは一旦0近辺にしておき、バイパス時と極端に音量が変わらない状態からスタートします。 - ThresholdとRatioで「どのくらい潰すか」を決める
Ratioを2:1〜4:1 程度の中レシオに設定し、Thresholdを下げていきながら、ピークで 3〜6dB程度のGR(ゲインリダクション)が出るポイントを探ります。
用途に応じてGR量は上下させてください。 - Attack でトランジェントの出方を決める
PWMコンプはアタックをかなり速く設定できる機種が多いため、最初は「最速近辺から初めて、少しずつ遅くしていく」と変化が分かりやすいです。- 速いアタック:トランジェントが抑えられ、まとまりが出る反面、パンチは減ります。
- 遅いアタック:アタックが前に出てパンチが増えますが、ピークは残りやすくなります。
- Releaseでノリとポンピングを調整する
Release を短くすると、コンプがすぐ戻るため、サスティンが持ち上がり「パンプ感」が出ます。
長くすると、より滑らかで目立たなくなりますが、常にコンプが掛かっているような印象にもなりやすいです。
ドラムやリズミカルな素材では、楽曲のテンポに対してリダクションメーターがリズム良く戻る位置を探すと、自然なノリになりやすいです。 - サイドチェインHPFやモードで微調整する
低域にコンプが引っ張られてしまう場合は、サイドチェインHPFをオンにして60〜200Hz付近を軽くカットし、検出から外します。 - メイクアップゲインでレベルを合わせて A/B 比較する
コンプレッションで下がった分を Makeup / Outputで補い、バイパス時とほぼ同じ体感音量になるように合わせてから、オン/オフ比較を行います。
「音量が上がったから良く聞こえる」状態を避けるためにも、レベルマッチは必須です。
4-3. 変化を聴き取るコツ
ドラムループでトランジェントとポンピングを掴む
- キック+スネアのドラムループにPWMコンプを挿し、以下のように設定して変化を確認します。
- Ratioを高め(10:1以上)、Thresholdを深くして10dB以上のGRが出る状態にする。
- Attack / Releaseを最速にし、「潰し切った」状態を体験する。
- Attackを徐々に遅くし、スネアのアタックが前に出てくるポイントを探る。
- Releaseを動かし、パンプ感が曲のテンポと気持ちよくシンクする位置を探す。
- このとき、ゲインリダクションメーターの動きと耳で聴こえる変化をリンクさせて覚えると、「コンプの動きを視覚と聴覚で同時に捉える」練習になります。
ボーカルでレベリングと前後感を確認する
- ボーカルに対し、レシオ3:1〜4:1、GR3〜6dB程度で設定し、以下のポイントを聴き分けます。
- Thresholdを上下させたとき、抑揚がどのあたりからフラットになっていくか。
- Attackを遅くしたとき、子音やブレスが前に出てくるかどうか。
- Releaseを短くしたとき、語尾やリバーブが持ち上がりすぎないか、長くしたときにフレーズ感が失われないか。
PWMは音色変化が少ないため、「音色」ではなく「ダイナミクスと前後感」に意識を向けて聴くと変化を掴みやすくなります。
マスターバスで“グルー感”をチェックする
- 2mixに対し、レシオ1.5:1〜2:1、GR1〜2dB程度のごく軽いコンプレッションで、
- ドラム、ベース、ボーカルの一体感が少し増すかどうか。
- 低域のエネルギーが不自然に揺れないか(必要ならサイドチェインHPFを併用)。
- Attackをやや遅め、Releaseをテンポに合わせたとき、ミックス全体が「呼吸している」ように感じられるかどうか。
5. ソース別の設定例(10選)
ここでは、一般的なコンプレッサー設定のガイドラインをPWMコンプレッサーに当てはめたときの「出発点」をまとめます。
あくまで最初の目安なので、ゲインリダクション量やタイム設定は耳で追い込みながら調整してください。
5-1. ドラムバス(ロック/ポップ)
- 目的:パンチと一体感、ピークコントロール
- 目安:
- Ratio:4:1〜6:1
- GR:ピークで 4〜8dB
- Attack:中速(5〜15ms相当)
- Release:曲のテンポに合わせて 8分〜4分音符程度
- サイドチェイン HPF:60〜100Hz
PWMの速さを活かしつつ、アタックをやや遅めにすることで、キック/スネアの立ち上がりは残しつつボディを抑える設定です。
5-2. ドラム・オーバーヘッド
- 目的:シンバルの暴れを抑え、キット全体のまとまりを出す
- 目安:
- Ratio:2:1〜4:1
- GR:2〜5dB
- Attack:やや遅め(10〜30ms)
- Release:100〜300ms程度
- サイドチェイン HPF:100〜200Hz
PWMは、オーバーヘッドに自然なGlueを与える用途で好まれます。
5-3. スネア単体
- 目的:アタックのコントロールとサステインの調整
- 目安:
- Ratio:4:1〜8:1
- GR:ピークで 6〜10dB
- Attack:速め〜中速(1〜10ms)
- Release:速め(50〜150ms)
強めに叩きつつも音が壊れにくいのが PWMの利点で、「潰しても意外と耐える」感覚を体験しやすい設定です。
5-4. キック単体
- 目的:ピークコントロールとローエンドの安定
- 目安:
- Ratio:4:1〜6:1
- GR:4〜8dB
- Attack:やや遅め(5〜15ms)
- Release:50〜200ms
- サイドチェイン HPF:オフ、または60Hz付近
サイドチェイン HPFをオンにするかどうかで、ローエンドの揺れ方が大きく変わるので、曲ごとに確認しながら調整します。
5-5. ベース
- 目的:レベルの安定化とローエンドの一貫性
- 目安:
- Ratio:3:1〜6:1
- GR:平均 4〜8dB
- Attack:中速(5〜15ms)
- Release:100〜300ms
- サイドチェイン HPF:必要に応じて60〜80Hz付近
VT‑7などはベーストラックでもよく使われており、ローエンドをクリーンにまとめる用途に向いています。
5-6. ボーカル(メイン)
- 目的:レベリングと前に出す処理
- 目安:
- Ratio:3:1〜4:1(他コンプと併用する場合)/単体で強くかけるなら 6:1程度
- GR:平均5〜10dB
- Attack:速め〜中速(1〜10ms)
- Release:50〜150ms
FETやOptoで色付けしたあと、最後にPWMでレベルだけ整えるという直列使いも有効です。
5-7. アコースティックギター
- 目的:ダイナミクスを揃えつつ、アタックと空気感を残す
- 目安:
- Ratio:2:1〜4:1
- GR:3〜6dB
- Attack:やや遅め(5〜20ms)
- Release:100〜300ms程度
自然なレベリングと空気感の維持に向く設定です。
5-8. ピアノ(ソロ/薄いアンサンブル)
- 目的:レベルの安定化と自然なダイナミクス保持
- 目安:
- Ratio:2:1〜3:1
- GR:平均3〜5dB
- Attack:中速(5ms前後)
- Release:50ms前後(フレーズに合わせて調整)
一般的なピアノコンプの推奨値を、クリーンなPWMコンプに当てはめたイメージです。
5-9. ミックスバス
- 目的:グルー感とわずかなラウドネスアップ
- 目安:
- Ratio:1.5:1〜2:1
- GR:1〜2dB(最大でも3dB程度)
- Attack:遅め(10〜30ms)
- Release:100〜300ms
- サイドチェイン HPF:60〜100Hz
VT‑7などは、ミックスバスでの軽いコンプレッション用として使えます。
5-10. マスタリング(2mix)
- 目的:ごく軽いダイナミクス整形と音像の安定化
- 目安:
- Ratio:1.2:1〜1.5:1
- GR:0.5〜1.5dB程度
- Attack:遅め(20〜40ms)
- Release:テンポに合わせた中速〜やや遅め
VT‑7のようなクリーン系PWMは、マスタリングの最後で「ほんの少しだけ抑える」用途で使われることが多く、その場合GRは1〜2dBにとどめる運用が一般的です。
6. お勧めしない使い方
6-1. キャラクター付けをPWMだけに頼る
PWMコンプレッサーは理論的にクリーンであることが長所ですが、それゆえに「色付けをしたい」場面では FETやVari-Mu、Diode-Bridgeなどに比べて物足りなく感じる場合があります。
倍音や歪みを積極的に狙う場合は、他方式のコンプやサチュレーターと組み合わせる前提で考えた方が現実的です。
6-2. マスタリングで大きなGRをかける
STC‑8やVT‑7は技術的には大きなGRも可能ですが、マスタリングや2mixで5dBを超えるような強いコンプレッションをかけると、ダイナミクスの喪失や不自然なポンピングの原因になりやすいです。
多くのマスタリング例では、1〜2dB程度に抑える運用が推奨されています。
6-3. ローエンド主体の素材を強くコンプする
キック+ベースが強いミックスを、サイドチェイン HPFをオフのまま強くコンプレッションすると、低域に過剰反応してミックス全体が大きく揺れてしまうことがあります。
PWMは応答が速いぶん、低域の動きがそのままコンプの動きに反映されやすいため、ローエンド主体の素材ではサイドチェインHPFの併用が推奨されます。
6-4. Attack/Releaseを常に最速に固定して使う
PWMの「速さ」は武器ですが、常に最速が正解というわけではありません。
アタック/リリースとも最速にして多用すると、トランジェントが潰れすぎたり、不自然なポンピングが発生しやすくなります。
用途ごとにタイムを調整し、メーターと耳の両方で「音楽的な動き」になっているか確認することが重要です。
6-5. レベルマッチをせずに「良し悪し」を判断する
メイクアップゲインを上げた状態でバイパス比較をすると、「単に音が大きい方が良い」と錯覚しやすくなります。
特にPWMコンプは音色変化が少ないため、レベルマッチをしないと、何がどう変わったのか判断しづらいという問題が出やすくなります。
A/B 比較時には、入力と出力のラウドネスを出来るだけ揃えることを徹底してください。
6-6. 「PWM=必ず透明」と決めつけてしまう
PWM方式そのものはクリーンですが、最終的なサウンドはトランス、真空管、サチュレーション回路など、周辺回路の設計に大きく依存します。
Pye系やPythorのようにキャラクターを前面に出した設計も存在するため、「PWMだから必ず透明」と決めつけて使うと、実際の挙動とのギャップが生まれる可能性があります。
7. PWMコンプレッサー Q&A(11選)
- QPWMコンプレッサーは他方式と何が一番違う?
- A
ゲイン制御に「パルス幅変調スイッチ」を使っている点です。 これにより、理論上、非常に高速かつ低歪みなコンプレッションが可能で、適切に設計された機種では「ほぼ透明なレベリング」が行えるとされています。
- Qなぜ PWMコンプレッサーの製品数は少ない?
- A
高速スイッチングとアナログフィルタを組み合わせた設計が難しく、コストもかかるためです。 スイッチングノイズの除去やフィードバックループの安定化など、アナログ設計上のハードルが高いとされています。
- Q本当に“透明”なコンプレッサーなの?
- A
多くの機種は非常に透明と評価されていますが、最終的な音色はオーディオパスの設計に左右されます。 STC‑8やVT‑7のように極めてクリーンな機種もあれば、Pye系やPythorのようにパンチやサチュレーションを前面に出した設計もあります。
- Qどんなソースで特に効果的?
- A
ドラムバス/オーバーヘッド、ミックスバス、マスタリング、ボーカルやベースのレベリングなどが代表的です。 速くてクリーンという特性から、トランジェントの多いソースや、2mixの最終的なダイナミクス整形に適しています。
- QFETコンプとはどう使い分ければいい?
- A
色とパンチを出したいなら FET、音色をあまり変えずにレベルだけ整えたいなら PWMが向きます。
FETは倍音とアタック強調が得意で、ロック系ボーカルやスネアでよく使われます。一方 PWMは同等以上の速さを持ちながら、よりクリーンにレベリングしたい場面に適しています。
- QVCAコンプレッサーとの違いは?
- A
VCAもクリーンですが、PWMは理論的にさらに低歪みで、スイッチング素子の線形性に依存しにくいとされています。 実際のミックスでは、VCAはコンソール的なパンチやグルー感を出しやすく、PWMはより無色透明なコントロールに向くという意見が多いです。
- Q「PWMは色がないからつまらない」という意見について
- A
キャラクター付け単体の目的には向かない場合がありますが、「色は他段で、レベルは PWMで」という使い方ができるのが強みです。
マスタリングや2mixの最終段で「とにかくクリーンに抑えたい」というニーズにはよく合います。
- QソフトウェアでPWMを再現する意味はある?
- A
アルゴリズム的には他方式でも似た挙動を作れますが、「PWM系ハードの挙動とサウンド」を再現するという意味はあります。
Kramer PIEやPythorは、具体的な Pye系ハードをモデルにしており、その歴史的サウンドをDAW内で再現できる点に価値があります。
- QPWMコンプレッサー特有の弱点は?
- A
設計が悪い場合、スイッチングノイズや位相遅れによるアーティファクトが出やすい点です。
高速スイッチングとローパスフィルタの組み合わせ上、クロック漏れや帯域内の歪みが問題になることがあります。
- Qマスタリング用コンプとしての評価は?
- A
STC‑8やVT‑7などは、実際にハイエンド・マスタリングスタジオで使用されており、透明で音楽的なコンプレッションとして高く評価されています。
VT‑7は真空管パスと PWMゲインセルを組み合わせた設計で、「モダンな Vari-Mu的コンプ」と評されることもあります。
- Q「PWM=最も歪みが少ないコンプ」という表現は正しい?
- A
理論上は非常に低歪みを実現できますが、「常にすべての方式の中で最も低歪み」とまでは言い切れません。
実機ではスイッチング素子だけでなく、フィルタやトランス、真空管など他要素の影響も受けるため、あくまで「低歪み設計がしやすい方式」と捉えるのが現実的です。
まとめ
今回は PWMコンプレッサーについて、
- PWM方式の仕組みと技術的な特徴
- 代表的なプラグイン
- FET、VCA、Vari-Mu、OPTとの比較
- 各パラメータの聴き取り方とセットアップ手順
- ソース別の設定例
- お勧めしない使い方
といった内容を解説してきました。
PWMコンプレッサーは、
- 音色をあまり変えずにダイナミクスだけ整えたいとき
- マスターバスやマスタリングで「最後のひと押し」を入れたいとき
- ドラムやベースのピークをクリーンに抑えたいとき
に強みを発揮する方式です。
一方で、FETやVari-Muのように、単体で強いキャラクターを付ける用途には向かない場面もあります。
そのような場合は、色付け用のコンプやサチュレーターと組み合わせ、PWMには“整える役”を任せるという発想が有効です。
本記事で紹介した設定例や聴き取り手順を起点に、実際のプロジェクトで「針の動き」と「音の変化」をリンクさせながら試してみてください。
PWMという少しマニアックな方式を自分の武器にできれば、コンプレッションの選択肢と表現力は、さらに一段階広がっていきます。
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

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