コンプレッサーの入り口編・第1回では「スレッショルド」について解説しました。
コンプレッサー編 第2回は「圧縮量」を決める レシオ(Ratio) にフォーカスします。
- あなたのレシオ設定に何が足りないのか
- この記事を読むと解決できること
- セクション1:レシオの「よくある勘違い」
- セクション2:スレッショルドとレシオは切り離せない
- セクション3:ゲインリダクションで見る、レシオの実態
- セクション4:レシオを設定する3ステップ
- セクション5:「あれ、うまくいかない」ときの対処法
- セクション6:「耳を鍛える」トレーニング法
- セクション7:レシオとニー、アタック・リリースの相互作用
- セクション8:レシオ設定を「見える化」する
- セクション9:トラブル時の「解決マップ」
- セクション10:プリセットに頼らない理由
- セクション11:よくある質問(FAQ)
- セクション12:チェックリスト
- まとめ
- 次回予告
- 著者について
あなたのレシオ設定に何が足りないのか
コンプレッサーを使っているのに上手く使いこなせない。以下のどれかに当てはまっていませんか?
- 推奨設定に従ったのに、音が変わらない(レシオだけ変えても、他のパラメータが最適でないと効果が出ない)。
- 4:1と8:1の違いが聴き分けられない(段階的な違いを聞き取る訓練がされていない)。
- レシオを高くしたら、音が潰れた(レシオとスレッショルドの組み合わせが悪い)。
- 楽器ごとにどのレシオを選べばいいかわからない(推奨値の「理由」が理解できていない)。
これらの悩みの99%は、レシオとスレッショルドの関係を理解することで解決します。
なぜなら、レシオは「どの程度圧縮するか」を決めるパラメータですが、スレッショルドと組み合わせて初めて意味を持つからです。
レシオだけを調整しても、スレッショルドが適切でなければ効果は限定的です。
この記事を読むと解決できること
✅ レシオとスレッショルドの相互作用を理解し、「同じゲインリダクション量でも音のキャラクターが変わる」理由が分かる。
✅ ボーカル、ベース、ドラムなど楽器ごとの最適レシオが分かり、なぜその値なのかを説明できる。
✅ 2:1、4:1、8:1の違いを聴き分ける3段階トレーニング法を習得し、わずか30分で判別力を向上させられる。
✅ 失敗パターン3つ(音が潰れた、効果がない、組み合わせが悪い)を事前に回避し、素早く対処できる。
結果:コンプレッサーの設定時間が3分の1に短縮され、どの曲でも一貫性のあるミックスができるようになります。
セクション1:レシオの「よくある勘違い」
1-1 レシオとは
多くの初心者が、レシオについて以下のように思い込んでいます。
- 「レシオには『正解値』がある」
- 「ボーカルは4:1が標準値」
- 「レシオが高い=常に強く圧縮される」
これらはすべて誤解で、正確には以下の通りです。
レシオとは:スレッショルド(圧縮が始まる境界線)を超えた信号をどの程度圧縮するかという比率のこと。
具体例で理解
スレッショルドを2dB超えた信号があるとします。
- 2:1レシオだと:その信号は1dBだけ上昇(半分圧縮される)。
- 4:1レシオだと:その信号は0.5dBだけ上昇(3/4圧縮される)。
- 8:1レシオだと:その信号は0.25dBだけ上昇(7/8圧縮される)。
- 10:1以上:ほぼ天井値に固定(リミッター状態)。
覚えておくべきこと
レシオが高いほど、圧縮は「より強く」「より急激に」かかります。
つまり「4:1より8:1の方が、もっと掴んでくる」ということ。
レシオに「正解値」は存在しません。
これが多くの初心者向け教材が犯す最大の誤りです。
なぜなら、レシオはスレッショルドとゲイン低下量に完全に依存するからです。
1-2 なぜ同じレシオでも結果が違うのか
例1:スレッショルド位置による違い
同じ「4:1」のレシオでも、スレッショルドが-10dBか-20dBかで、結果は全く異なります。
- スレッショルド-20dB:信号のピーク部分のみ圧縮(自然な感じ)。
- スレッショルド-10dB:信号のボディ部分まで圧縮(強い制御感)。
例2:プリセット頼みで失敗する理由
YouTubeのチュートリアル動画で「ボーカルは4:1」と見たので設定しても、そのクリエイターが想定していたスレッショルド値と、あなたの実際のスレッショルド値が異なっていれば、結果は異なります。
例3:「レシオを上げたら音が潰れた」と感じる理由
これはレシオが高すぎるのではなく、スレッショルドが低すぎる場合がほとんどです。
同じ「8:1」でも、
- スレッショルド-5dB:信号のボディまで圧縮(過度な制御)。
- スレッショルド-20dB:ピークのみ圧縮(適度な制御)。
セクション2:スレッショルドとレシオは切り離せない
2-1 レシオ設定の最初のステップ
レシオを決める前に、スレッショルドが適切に設定されているかを確認します。
なぜなら、レシオは「スレッショルドを超えた信号に対して」しか機能しないからです。
重要な原則
同じゲイン低下量(例:6dB)は、複数の組み合わせで実現できます。
| 組み合わせ | スレッショルド | レシオ | 圧縮される部分 | 音のキャラクター |
|---|---|---|---|---|
| A | -20dB | 4:1 | ピーク部分のみ | 自然で滑らか |
| B | -10dB | 10:1 | ボディ部分まで | 強烈な制御感 |
同じ6dBのゲイン低下でも、音の「キャラクター」が全く異なります。
2-2 レシオを決める前にやること
ステップ1:ゲインリダクションの目標を決める
圧縮の「強さ」を先に決めます。
- 「軽く制御」→ 2~4dB。
- 「中程度」→ 4~6dB。
- 「強く制御」→ 6~10dB。
- 「最大制御」→ 10dB以上。
ステップ2:スレッショルドを設定する
前回の記事(スレッショルド編)で学んだ方法で、スレッショルドを設定します。
ステップ3:その後でレシオを決める
ゲインリダクションメーターを見ながら、目標のゲインリダクション量になるようにレシオを調整します。
セクション3:ゲインリダクションで見る、レシオの実態
3-1 4~6dBのゲインリダクションが「聴こえる圧縮」の目安
レシオの差を聞き分けるには、最低でも4~6dBのゲイン低下が必要です。
なぜなら:
- -1~-2dB:圧縮がほぼ聞こえず、初心者は「何も起きていない」と感じる。
- -3~-6dB:初心者の耳が「変化」を認識できる領域。
- -12dB以上:極端な「スマッシング」感で、「何か変だ」と感じやすい。
実際のゲイン低下が1~2dBに留まると、レシオを2:1から8:1に変えても、聴覚的な差がありません。
3-2 レシオとゲインリダクションの関係
| レシオ | スレッショルド超過 | ゲインリダクション | 聞こえ方 |
|---|---|---|---|
| 2:1 | 8dB | 4dB | 「つながり感」が追加 |
| 4:1 | 8dB | 6dB | 「掴み感」が出る |
| 8:1 | 8dB | 7dB | 「窒息感」が顕著 |
同じ8dBのスレッショルド超過でも、レシオによってゲイン低下量が変わります。
セクション4:レシオを設定する3ステップ
4-1 「見ながら」設定する理由
多くの初心者がつまずく点は「聴いても違いが分からない」ということです。
解決方法は簡単で、目で見えるメーター(ゲインリダクションメーター)を使うです。
実際の流れ
- スレッショルド:前回の記事で学んだ方法で設定。
- レシオ:とりあえず2:1で固定。
- アタック:速めに設定(20~50ms程度)。
- リリース:中程度に設定(100~300ms程度)。
- ここから「レシオをゆっくり上げていく」。
- ゲインリダクションメーターが「-4~-6dB」を示したら、まずはそこで止める。
なぜ「-4~-6dB」で一度停止するのか?
この値が「圧縮が聞き始める」心理的なしきい値だからです。
初心者の耳は「変化の程度」によって学習します。
-4~-6dBは「これが圧縮だ」という基準を耳に刻み込むのに最適な値です。
4-2 楽器ごとのレシオ設定
ボーカルの場合
目標:自然な「つながり感」を保ちながら、ダイナミクスを制御。
初級者向け(コンプレッサー1台)
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| レシオ | 2:1~3:1 | 低レシオで自然な「つながり感」を保つ |
| スレッショルド | -10~-15dB | 入力が-18dBFSを想定 |
| アタック | 10~20ms | 速すぎない |
| リリース | 40~100ms | 自然な「緩み」 |
| ゲイン低下目標 | 3~5dB | 自然な範囲 |
プロ向け(複数段階の圧縮)
| 段階 | レシオ | アタック | リリース | ゲイン低下 | 役割 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第1段 | 8:1 | 2ms | 10ms | 2~3dB | ピークを即座にカット |
| 第2段 | 4:1 | 20ms | 60ms | 4~6dB | 全体のバランス調整 |
この組み合わせで、「聞こえない圧縮」(第1段)と「聞こえる圧縮」(第2段)の2段構造になります。
レシオ調整の「聴き方」
- 「サビのメロディが『前に出た』感じ」を基準にする。
- 「ボーカルが『つぶれた』と感じたらレシオを下げる」。
ベースギターの場合
目標:高い圧縮率で「グルー感」(一体感)を作ること。
ポップス・ロック向き
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| レシオ | 8:1 | 高レシオで「ベタ感」「一体感」を確保 |
| スレッショルド | -8~-12dB | 信号の平均値より2~3dB下 |
| アタック | 20ms | トランジェント保持 |
| リリース | 40~60ms | ナチュラルな「音の落ち」 |
| ゲイン低下目標 | 7~10dB | 強い制御 |
メタル・エクストリーム向き
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| レシオ | 12:1~20:1 | リミッター領域 |
| アタック | 0.1ms~1ms | 最速 |
| リリース | 5~10ms | 即座にリセット |
| ゲイン低下 | 2~4dB | ピークを削るだけ |
ポイント:高レシオ+低ゲイン低下=「ピークを削る」だけで、音色は保ちます。
ドラム・キックの場合
目標:アタック(立ち上がり)を保護しながら、持続音をコントロール。
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| レシオ | 4:1~6:1 | ピーク制御しつつパワー維持 |
| スレッショルド | -15~-20dB | ピーク部分を対象 |
| アタック | 5~10ms | トランジェント保持のため「ゆっくり」 |
| リリース | 60~200ms | キックの減衰に合わせる |
スレッショルド設定による違い
- 高め:キックのトランジェント(打撃感)を残す。
- 低め:全域を圧縮して「グルーブが踊る」効果。
その他の楽器
| 楽器 | レシオ | 役割 |
|---|---|---|
| エレクトリックギター | 4:1~6:1 | ノート間のレベル差を埋める |
| アコースティックギター | 2:1~3:1 | 自然なダイナミクスを保つ |
| ストリングス | 2:1~3:1 | 自然さ重視 |
| パッド系 | 2:1 | 最小限の制御 |
| ドラムバス | 4:1 | グルーブ感強化 |
| マスタリング | 1.5:1~2:1 | 透明性重視 |
セクション5:「あれ、うまくいかない」ときの対処法
5-1 「音が潰れた」と感じたら
症状:「8:1で設定したら、ボーカルが平坦で死んだ音になった」
原因
レシオが高すぎるのではなく、スレッショルドが低すぎる場合がほとんどです。
| 原因 | 対策 |
|---|---|
| スレッショルドが低すぎる | スレッショルドを上げる。ゲイン低下を4~6dB以下に |
| アタック時間が速すぎる | アタックを20ms以上に遅くする |
| メイクアップゲイン過剰 | 入出力の平均音量が「ほぼ同じ」になるまで低下 |
修正例
- 現在:レシオ8:1、スレッショルド-5dB、ゲイン低下10dB以上。
- 改善:レシオ4:1、スレッショルド-15dB、ゲイン低下4~5dB。
または、
- 現在のまま:レシオ8:1、スレッショルドを-15dBに上げる、ゲイン低下4~5dB。
5-2 「効果がない」「変化が聞こえない」
症状:「2:1で設定したけど、圧縮している感じがしない」
原因
| 原因 | 対策 |
|---|---|
| スレッショルドが高すぎる | スレッショルドを下げて、最低4~6dBゲイン低下を確保 |
| ゲイン低下が1~2dB(不足) | レシオを上げるか、スレッショルドを下げて4dB以上に |
| 設定が実際に反映されていない | DAWプリセットを確認 |
診断方法
- コンプレッサーの「ゲインリダクションメーター」を見ながら再生。
- メーターが「動いている」か「止まっている」か確認。
- メーターの動きが「-4dB以上」なら、レシオの変更は聞き分け可能。
5-3 レシオとスレッショルドの組み合わせが悪い
誤解:「レシオは単独で効果を発揮する」
実際:レシオとスレッショルドは相互に影響します。
シナリオ:現在レシオ4:1、スレッショルド-10dBで「4dBゲイン低下」。
目標「8dBゲイン低下」を実現したい。
選択肢の比較
| 方法 | 設定 | 結果 | 音のキャラクター |
|---|---|---|---|
| A | レシオを8:1に上げる | 信号が-2dBで8dB圧縮 | 強烈な制御感 |
| B | スレッショルドを-18dBに下げる | 信号が-14dBで8dB圧縮 | 自然感維持 |
同じ「8dBゲイン低下」でも、音の「キャラクター」が全く異なります。
セクション6:「耳を鍛える」トレーニング法
6-1 極端な違いから学ぶ
最初は「聴感」ではなく「視覚」で学びます。
演習1:「2:1と8:1の違いを感じ取る」(5分)
準備
- DAWのボーカルトラック。
- コンプレッサー×2。
設定
| 項目 | 値 |
|---|---|
| スレッショルド | -12dB(両方同じ) |
| アタック | 15ms |
| リリース | 60ms |
| メイクアップゲイン | 自動調整 |
| レシオ | ゲイン低下 | |
|---|---|---|
| A | 2:1 | 4dB |
| B | 8:1 | 4dB(スレッショルド調整で同じゲインリダクションに) |
リスニング
- AとBを交互に1秒ずつ再生(3サイクル)
- 注目ポイント:
- 「厚さ」の違い:8:1はより「掴まれた」感じ。
- 「リリース感」:2:1は「ふわり」と戻る。
- 「パンピング」:8:1は若干「脈動」する。
聞こえ方
- 2:1:「生地に糊を混ぜた」粘着感。
- 8:1:「マイクが近くなった」感じ。
6-2 「AとBを比べる」
最も効果的な学習方法:
- コンプレッサーをON→Aバージョンとして保存。
- コンプレッサーをOFF→Bバージョンとして保存。
- 重要:音量を完全に同じにする(メイクアップゲイン調整)。
- 素早く切り替えて「差」を聴く。
なぜ音量を同じにする必要があるのか?
「大きい方が良く聞こえる」という心理バイアスがあるから。
圧縮されると出力が下がるので、メイクアップゲイン補正なしだと「圧縮版が小さく聞こえて判別不可」になってしまいます。
6-3 段階的に聞き分ける
演習2:「段階的に聞き分ける」(10分)
設定:全コンプレッサー統一
| 項目 | 値 |
|---|---|
| スレッショルド | -15dB |
| アタック | 12ms |
| リリース | 60ms |
| ゲインリダクション | 各トラックほぼ5dB |
4トラック
| レシオ | ゲイン低下 | |
|---|---|---|
| 1 | 2:1 | 5dB |
| 2 | 3:1 | 5dB |
| 3 | 4:1 | 5dB |
| 4 | 6:1 | 5dB |
リスニング
- 1→2→3→4の順に1秒ずつ再生。
- 「段階的な硬さの増加」を聴く。
- 2⇔3を交互再生。
期待される感覚
| 聞こえ方 | |
|---|---|
| 1(2:1) | 「糊感」 |
| 2(3:1) | 「ほんのり掴み」 |
| 3(4:1) | 「適度な制御」 |
| 4(6:1) | 「窒息寸前」 |
セクション7:レシオとニー、アタック・リリースの相互作用
7-1 ニー(Knee)の役割
ハードニー:スレッショルド超過時に「一瞬で」レシオが効く
- 使う場面:ドラム向き(パンピング効果)。
- 特徴:レシオの効果が「急激に」出現。
ソフトニー:スレッショルド前後で「段階的に」レシオが効く。
- 使う場面:ボーカル向き(自然性重視)。
- 特徴:レシオが「徐々に」適用。
レシオとニーの組み合わせ
- ハードニー+高レシオ:「急激な」圧縮開始(ドラム)。
- ソフトニー+高レシオ:「段階的な」圧縮開始(ボーカル)。
ソフトニーがあると「柔らかく」聞こえるため、設定値より1段階高いレシオを選ぶことも多いです。
7-2 アタック・リリースとレシオの関係
| 組み合わせ | 結果 | 使う場面 |
|---|---|---|
| 速いアタック+高レシオ | ダイナミクスを完全に制御(トランジェント損失) | ベース |
| 遅いアタック+高レシオ | トランジェント保持+「掴み感」 | ボーカル |
| 速いアタック+低レシオ | 最小限制御(透明性優先) | マスタリング |
セクション8:レシオ設定を「見える化」する
8-1 ゲインリダクションメーターの「正常値」
レシオが「いい塩梅」かどうかは、ゲインリダクションメーターで判断します。
目安
| ゲイン低下 | 評価 | 対策 |
|---|---|---|
| -1~-2dB | 圧縮がほぼ効いていない | レシオを上げるorスレッショルドを下げる |
| -4~-6dB | 理想的 | このままでOK |
| -6~-12dB | 中程度の圧縮 | 状況次第 |
| -12dB以上 | かなり強い圧縮 | レシオを下げるorスレッショルドを上げる |
計算式
ゲインリダクション=入力レベル−出力レベル
例:入力-16dBFS、出力-19dBFS=3dBゲインリダクション
8-2 「流れ図」で判断する
何か「変だな」と感じたら、この流れで確認してください。
1. ゲインリダクション表示を見る。
↓
2. ほぼゼロ?
→ スレッショルドが高すぎる(下げる)。
→ またはレシオが低すぎる(上げる)。
↓
3. -4~-6dBの範囲?
→ 理想的(このままでOK)。
↓
4. -12dB超えている?
→ スレッショルドが低すぎる(上げる)。
→ またはレシオが高すぎる(下げる)。
↓
5. 聴いた感じ「音がつぶれた」と感じる?
→ レシオを下げるか、スレッショルドを上げる。
セクション9:トラブル時の「解決マップ」
| 状況 | 最初に疑うこと | 調整方向 | 念のため確認 |
|---|---|---|---|
| 何も変わらない | レシオが低すぎorスレッショルドが高すぎ | レシオを上げるorスレッショルドを下げる | 入力ゲイン確認 |
| 音が平たく聞こえる | レシオ高い+スレッショルド低い(全体圧縮) | レシオを下げるorスレッショルドを上げる | ゲイン低下が-12dB超えていないか |
| ボーカルが生気なし | レシオ高すぎorスレッショルド低すぎ | レシオを下げるorスレッショルドを上げる | -4~-6dB範囲に調整 |
| ドラムの音が失われた | アタック0ms+レシオ高い | アタックを上げる | Peak検出か確認 |
| パンピング(ウーウー音) | スレッショルド低い+レシオ高い+リリース遅い | スレッショルドを上げる | アタックも遅くする |
セクション10:プリセットに頼らない理由
10-1 なぜプリセットは「外れ」やすいのか
YouTubeのチュートリアル動画で紹介されているプリセット値「ボーカルコンプは4:1」を試しても、まったく効かないことがあります。
理由:その動画を作った人のスレッショルド設定が、あなたの設定と異なるからです。
具体例
- チュートリアル作成者:スレッショルド-20dB、レシオ4:1で紹介。
- あなた:スレッショルド-10dBで同じレシオ4:1を試す。
- 結果:全く異なる圧縮量になる。
有効度
- 同じプロジェクト内、同じスレッショルド→20~40%の確度。
- 別のプロジェクト→ほぼ運次第。
10-2 毎回「最初から設定」する正しいやり方
- スレッショルドを設定(前回の記事参照)。
- ゲインリダクションの目標を決める(4~6dBなど)。
- その目標に基づいて、レシオを計算。
- 例:スレッショルド超過が8dB、目標ゲイン低下6dBなら、レシオ4:1で実験開始
- プリセットは「参考情報」に留める。
手間に見えますが、実は「毎回試行錯誤」より早いです。
セクション11:よくある質問(FAQ)
- Qレシオに「正解値」は本当に存在しないのか?
- A
はい、存在しません。レシオは「スレッショルドとゲインリダクション量に対する相対値」だからです。
同じ4:1設定でも、
- スレッショルド-20dB、超過8dB→6dBゲイン低下。
- スレッショルド-10dB、超過2dB→1.5dBゲイン低下。
「一般的な値」や「プリセット」に依存していると、成功と失敗が混在し続けます。
大事なのは「毎回、スレッショルドを適切に設定してから、レシオを調整する」ことです。
- Q4:1と8:1の違いが聴き分けられない
- A
ゲインリダクション量が足りていない可能性があります。
レシオの差を聞き分けるには、最低でも4~6dBのゲイン低下が必要です。
実際のゲイン低下が1~2dBだと、レシオを2:1から8:1に変えても、聴覚的な差がありません。
対策:
- ゲインリダクションメーターを確認
- -4~-6dBを示すまでスレッショルドを下げる
- その状態でレシオを変更して聴き比べる
- Qレシオを上げたら音が潰れた。何が原因?
- A
レシオが高すぎるのではなく、スレッショルドが低すぎる場合がほとんどです。
診断:
- ゲインリダクションメーター:-12dB以上なら低すぎの可能性
- 聴感:「ボーカルが平ら」「表情がない」と感じたら確定
対策:
- スレッショルドを上げる(最優先)
- 必要に応じてレシオを下げる(8:1→4:1)
- 目標:-4~-6dBのゲインリダクション範囲
- Qベースに8:1を推奨する理由は?
- A
ベースは弾き方で5~10dB音量が変わるため、高レシオで「ミックス内での位置」を固定する必要があるからです。
- 低レシオ(2:1~4:1):表現力は残るが、音量がばらつく
- 高レシオ(8:1):「底の厚さ」「一体感」が出現
ポップス・ロックでは8:1が標準です。
- Qドラムには何が最適ですか?
- A
パーツごとに異なります:
- キック:4:1~6:1(ピーク制御)
- スネア:不要または4:1
- オーバーヘッド:2:1(シンバル制御)
- 全体バス:4:1(グルーブ強化)
複数楽器ごとに異なるレシオを設定するのが標準です。
- Qマスタリングでのレシオは?
- A
マスタリングコンプは通常1.5:1~2:1(低レシオ)。
理由:
- 透明性を最優先
- 高レシオはマスタリング信号の「タイムベース」を崩すリスク
マスタリング用リミッターは別で∞:1を使います。
- Qレシオ20:1と∞:1(リミッター)の違いは?
- A
- 20:1:スレッショルド僅か超過でも「少し抜け」
- ∞:1:スレッショルド1dB超過で「完全に止まる」
マスタリング用リミッターはほぼ∞:1必須です。
- Qレシオとニーの関係は?
- A
- ハードニー+高レシオ:「急激に」圧縮開始(ドラム向き)
- ソフトニー+高レシオ:「段階的に」圧縮開始(ボーカル向き)
ソフトニーがあると「柔らかく」聞こえるため、設定値より1段階高いレシオを選ぶことも多いです。
- Q複数コンプ(シリアル)って必要ですか?
- A
A:必須ではありませんが、メリットがあります:
- 単台:設定が簡単。課題が少ない場合
- シリアル:役割分担で自然な制御。ボーカルの標準プラクティス
「1台の高レシオ」より「複数の低~中レシオ」の方が聴き手が疲れません。
例:
- 第1段:レシオ8:1、ゲイン低下2~3dB(ピークカット)
- 第2段:レシオ4:1、ゲイン低下4~6dB(全体バランス)
- Qプリセットを使っても大丈夫?
- A
A:プリセットは「参考値」に過ぎません。
有効度:
- 同じプロジェクト内、同じスレッショルド→20~40%の確度
- 別のプロジェクト→ほぼ運次第
なぜか:
- YouTubeチュートリアル作成者は特定のスレッショルド(例:-20dB)を前提に設定を公開
- あなたの実際のスレッショルドが異なると、レシオ値は機能しない
推奨プロセス:
- プリセットを「参考」として開く
- 毎回、スレッショルドを適切に設定
- その設定に基づいてレシオを調整
セクション12:チェックリスト
この記事を読み終わったら、以下を実行してください。
□ 今のプロジェクトの「スレッショルド」が適切に設定されているか確認。
□ ゲインリダクションメーターが「-4~-6dB」を示すようにレシオを調整。
□ ドラムミックスで「極端な設定」(2:1 vs 8:1)から実験を始める。
□ A/B比較の時に「必ず音量を一致させる」(メイクアップゲイン調整)。
□ ゲインリダクションメーターを「常に表示」に設定する。
□ 5つの楽器別プリセットを「自分で」作成する(この記事のテーブル参考)。
□ 「音が潰れた」と感じたら、まずスレッショルドを上げて試す。
□ 結果を記録して「自分だけのレシオ辞書」を作る。
まとめ
この記事の方法を実装すれば、設定時間が大幅に短縮され、複数の曲でも一貫性のあるミックスが可能になります。
- レシオに「正解」はない→毎回、スレッショルドを適切に設定するところから始まる。
- レシオとスレッショルドは切り離せない→同じゲイン低下量でも、組み合わせで音のキャラクターが変わる。
- ゲインリダクション4~6dBが基準→初心者の耳トレーニングの出発点。
- A/B比較は音量一致が絶対→心理バイアスの排除。
- 楽器ごとに最適レシオが異なる→ボーカル2~4:1、ベース8:1、ドラム4~6:1。
コンプレッサーのレシオ設定は「勘」ではなく「スレッショルドとゲインリダクション量の測定」に基づいています。
次回予告
「コンプレッサーの入り口編」第3回「アタック完全ガイド」では、音の表情を作るうえで重要な「アタック」の扱い方を徹底解説します。
Threshold × Ratio × Attack × Release × Knee × Makeup gain
を体系的に理解することで、ミックス全体の精度を大きく引き上げることができます。
各パラメータがどのように連動しているのか、どの順番で調整すると迷いにくいのかも整理していきますので、次回もぜひ楽しみにしていてください。
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
- 業界経歴:1995年~2010年
- セッション実績:200本以上
- 対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

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