
ゲインリダクションメーター、しっかり0dBに戻っていますか?
「ボーカルはリリース100ms」
「キックはリリース150ms」
という定石通りに設定しても、全然グルー感が出なかったり、逆にポンピングが発生してしまう。
原因は、楽曲のテンポが変われば、リリース時間の「相対的な長さ」も変わってしまうからです。
多くの解説では、この「テンポの大前提」を省いて設定値だけを示しているため、あなたの楽曲で再現できないのは当たり前です。
この記事では「固定値の暗記」を捨て、楽曲のテンポと楽器の特性からリリースの適正値を導き出す手順を、エンジニア目線で解説していきます。
1. リリースとは何か
1-1. リリースの定義
リリースは、信号レベルがスレッショルドを下回った後、圧縮状態から元の状態に戻るまでの時間を指定するパラメータです。
単位はms(ミリ秒)で表され、一般的な設定範囲は40ms〜数秒程度です。
具体的には次のような動作をします。
- 入力信号がスレッショルドを超えると圧縮が開始される
- 信号レベルがスレッショルドを下回ると、リリース時間のカウントが始まる
- 設定したリリース時間が経過すると、圧縮が完全に解除される
このため、リリースは「いつ圧縮を戻すか」を決める時間パラメータであり、音のダイナミクス・グルーブ感・透明性に直接影響します。
1-2. リリースに「正解値」はない
初心者向けの解説では、次のような説明をよく見かけます。
- 「ボーカルならリリースは100msくらい」
- 「キックは150msが目安」
これらの値は特定の条件下での参考値に過ぎず、絶対的な正解ではありません。
リリースは次のような要素に依存するためです。
- 楽曲のテンポ(BPM)
- 楽器の音色特性(特に低域成分の有無)
- スレッショルドとレシオの設定
- 次の音が始まるまでの時間間隔
つまり、リリースは「絶対値」として暗記するものではなく、「今のプロジェクトの条件に対して毎回計算するもの」という理解が正確です。
1-3. 同じ設定でも効果が変わる理由
よくあるケースとして、チュートリアル通りに設定したのに「自分の曲ではポンピングが起きる」「効果が感じられない」という現象が起きます。
これは設定自体が間違っているのではなく、「楽曲のテンポに対する時間の長さ」が変わっているためです。
例えば、同じ「リリース150ms」という設定でも:
- テンポが速い曲(例:120BPM):次の音までの間隔が短いため、150msでちょうど圧縮が解除される。
- テンポが遅い曲(例:80BPM):次の音までの間隔が長いため、150msでは解除が早すぎて、その後に無駄な空白時間ができてしまう。
つまり、リリース値は固定された数値ではなく、常に「その曲のテンポに対して長いか短いか」で判断する必要があります。
2. リリース設定の基本原則
2-1. ゲインリダクションで「解除タイミング」を制御する
リリース設定で最も重要な原則は、シンプルにして普遍的です。
「次の音のアタック(トランジェント)直前に、ゲインリダクションが0dBに戻っている状態」が理想である
この状態を実現することで、以下の利点が得られます。
- 圧縮が次の音に干渉しない
- 各音が独立して響く
- ミックス全体に一体感(グルー感)が出る
- ポンピング現象を回避できる
逆に、リリースが長すぎると、前の音の圧縮効果が次の音に残留し、不自然な音量変動が生じてしまいます。
なぜ「聴く」だけでは判断が難しいのか
多くの初心者がつまずく点は「聴いても違いが分からない」ということです。人間の耳は微妙なタイミング変化を正確に検知するのが得意ではないため、リリース設定は目で見えるメーター(ゲインリダクションメーター)を使うことで、初めて正確に判断できるようになります。
実践的な調整手順
ゲインリダクションメーターを表示した状態で、以下の手順で調整します。
- レシオを仮で2:1に設定
- アタックを中程度に設定(20〜50ms程度)
- リリースを中程度に設定(100〜300ms程度)
- ここからリリースをゆっくり調整していく
- ゲインリダクションメーターが「次の音の直前に0dBに戻る」位置で止める
この調整により、リズムがロックし、グルー感が出て、ポンピングが回避されるという聴覚的な効果が得られます。
ゲインリダクションメーターの3つの判定パターン
リリースが適切かどうかは、ゲインリダクションメーターの戻り方で判断できます。以下の3つのパターンを覚えておくことで、必要な調整方向が明確になります。
①次の音のアタック直前に、メーターが0dBに戻っている
→ 理想的な状態です。このままでOKです。
②メーターが0dBに戻る前に次の音が始まる
→ リリースが長すぎます。前の音の圧縮が次の音まで引きずられており、ポンピングや音の潰れが発生する傾向があります。リリース時間を短くしてください。
③メーターが0dBに戻ってから時間が空く
→ リリースが短すぎます。圧縮解除後に「空白期間」が生じており、低域の波形改変や不自然な音の切れ感が生じる傾向があります。リリース時間を長くしてください。
この3つのパターンを視覚的に確認しながら調整することで、聴覚だけに頼った場合よりもはるかに正確に、そして迅速に「適切なリリース値」に到達できます。
2-2. リリースを決める前に確認すること
リリースつまみを触る前に、必ず以下の準備を行います。
- 楽曲のテンポ(BPM)を確認する
まずはプロジェクトのBPMを把握します。これがリリース時間を決定する際の「基準時計」となります。 - ゲインリダクションメーターを表示する
「圧縮がいつ解除されるのか」を目視で確認できる状態を作ります。聴覚だけでなく視覚情報を使うことで、設定の精度が劇的に向上します。 - 現在のスレッショルドとレシオを確認する
-3〜-6dB程度のゲインリダクションが起きている状態を作ります。圧縮がかかっていない状態では、リリースの変化を聞き取ることはできません。
この準備が整って初めて、適切なリリースタイムを探る工程に入れます。
3. リリース設定による音の変化
ここでは、リリース設定が「短すぎる場合」「適切」「長すぎる場合」にどのような音が変化し、どう対処すべきかをまとめます。
3-1. リリースが短すぎる場合(トラブル:低域の歪み)
症状:
- ベースやキックが「ブツブツ」「ザラザラ」と歪む(ディストーション)
- 低音の音程感が曖昧になる
原因:
100Hz以下の低周波は波形の1サイクルが長いため(例:50Hz=20ms)、リリースが極端に短い(50ms以下など)と、波形の途中でゲインが変動してしまい、波形そのものを歪ませてしまうためです。
解決策:
- 低域を含む楽器では、リリースを100ms以上(ベースなら150ms〜)に延長する。
- スレッショルドを上げて圧縮量を減らす。
3-2. リリースが長すぎる場合(トラブル:ポンピング・平坦化)
症状:
- 音量が「ウーウー」と周期的に変動する(ポンピング)
- ボーカルの歌詞が繋がり、明瞭さがなく平坦に聞こえる
- リズムのキレが悪くなる
原因:
前の音の圧縮が終わらないうちに次の音が鳴ってしまい、常に圧縮され続けている状態です。
解決策:
- リリースを短くする。
- テンポに合わせて調整(後述の計算方法を参照)し、次の音の前にメーターが戻るようにする。
3-3. リリースが適切な場合
状態:
- 音が「呼吸している」感覚がある
- 各音が独立して響きつつ、ミックス全体に一体感が出る
- 不自然な歪みや揺れがない
4. リリースを決める
楽器ごとのリリース設定
ボーカル
目標は「言葉の明瞭さを保ちながら、音量を安定させること」です。
- リリース:50〜150ms
- スレッショルド:-10dB前後
- レシオ:2:1〜4:1
- アタック:10〜30ms
リリースを調整するときは、次のフレーズの直前にゲインリダクションが0dBに戻るように設定します。
キック(ドラム)
キックでは、テンポに同期したリリース設定が重要です。
- リリース:100〜200ms(テンポに合わせて調整)
- スレッショルド:-6〜-8dB
- レシオ:4:1〜6:1
- アタック:5〜10ms
調整のポイント:
基本的に「その曲の8分音符の長さ」を目安に設定します。次のキックが鳴る直前にゲインリダクションが0dBに戻るように調整することで、リズムの重なりを防ぎ、低域をクリアに保つことができます。
ベース
ベースは低域成分が多いため、リリースを長めに設定します。
- リリース:150〜300ms
- スレッショルド:-10dB前後
- レシオ:3:1〜6:1
- アタック:20〜50ms
リリースが100ms未満だと、低域の波形サイクル(100Hz=10msサイクル)を無視することになり、ディストーションが発生しやすくなります。
スネア・パーカッション
スネアは比較的短めのリリースで、響きの減衰感を自然に保ちます。
- リリース:80〜150ms
- スレッショルド:-6dB前後
- レシオ:4:1〜8:1
- アタック:5ms以下
マスターバス(グルーコンプ)
マスターバスでは、全体を滑らかに制御するため、長めのリリースを使用します。
- リリース:200〜500ms
- スレッショルド:-20〜-30dB
- レシオ:2:1〜3:1
- アタック:10〜30ms
5. リリースの感覚を鍛える
5-1. あえて「極端な設定」から始める
微妙な違いを聞き分ける前に、まずは明らかに分かる変化を体験したほうが習得が早いです。
一例として、次のような極端な設定からスタートします。
- Ratio:4:1
- Release:極端に短く(10ms程度)
- Attack:最速
- Threshold:低め(-20dB程度)
この状態では、低音が歪み、「ブツブツ」した音が明確に聞こえます。
そこから少しずつリリースを長くしていき、「ここまでは歪んでいる」「ここから先は自然だ」という感覚を、自分の耳で確認していきます。
5-2. A/B 比較と音量マッチング
学習時には、必ず音量を揃えたA/B比較を行います。
- コンプレッサーでリリース50msの状態と150msの状態を、同じラウドネスになるようメイクアップゲインで調整
- トグルスイッチなどで素早く切り替え、「どちらが好ましいか」「何が変わっているか」を確認
人間の耳は「少し大きい音のほうが良く聞こえる」傾向があるため、音量が揃っていないと判断が歪みます。
5-3. ドラムで練習するメリット
ドラムには、トランジェントとサステインが明確に含まれているため、リリース設定の影響が非常に分かりやすく現れます。
- ドラムキット全体、あるいはキックとスネアだけをまとめたバストラックにコンプレッサーを挿す
- 極端な設定から始め、徐々に実用的な値に近づけていく
こうした練習を何度か繰り返すことで、「どのくらいリリースを長く/短くすると、どんな副作用が出るか」という感覚がつかめてきます。
6. テンポに同期したリリース設定
6-1. テンポシンクの考え方
リリースタイムを曲のテンポ(BPM)に同期させることで、コンプレッサーが音楽的に「呼吸する」設定が可能になります。
基本原則は、楽曲のリズムに合わせてリリース時間を設定することです。
6-2. 計算方法
テンポから音符の長さ(ミリ秒)を導き出す計算式は以下の通りです。
基本式:
60,000 ÷ BPM = 四分音符の長さ(ms)
計算例(BPM 120の場合):
- 60,000 ÷ 120 = 500ms(四分音符)
- 500ms ÷ 2 = 250ms(8分音符)
- 250ms ÷ 2 = 125ms(16分音符)
この計算で導き出された時間を基準(ガイド)として、コンプレッサーのリリース値を微調整していきます。
6-3. BPM別の設定例
BPM | 四分音符 | 8分音符 | 16分音符 |
|---|---|---|---|
80 | 750ms | 375ms | 187ms |
100 | 600ms | 300ms | 150ms |
120 | 500ms | 250ms | 125ms |
140 | 428ms | 214ms | 107ms |
実装方法:
キックドラムなら8分音符値、スネアなら4分音符の1/2〜1/3の値を試すと、テンポに同期したリリース設定になります。
効果:
- リリース後、次のトランジェント直前に圧縮が完全解除
- ポンピング現象が回避され、リズムが「ロック」する
- グルーブ感が強調される
7. プリセットに頼りすぎないために
7-1. プリセットが「外れやすい」構造的な理由
コンプレッサーのプリセットや、ネット上の「おすすめ設定」がそのまま使えない最大の理由は、「前提としているテンポが違うから」です。
プリセット作成者が「アップテンポな曲」を想定して短めのリリースを設定していた場合、それをバラード曲に適用すると、リリースが早すぎて音が途切れるような不自然さが生じます。
プリセットはあくまで「音色の傾向(アタックの質感など)」の参考にはなりますが、リリース設定に関しては、あなたの曲のBPMに合わせて毎回調整し直すのが必須条件です。
7-2. 毎回「最初から」決めるほうが結果的に速い
効率的なアプローチは、次のような流れです。
- 今回のプロジェクトのBPMを確認する
- そのBPMから音符の長さを計算する
- その値を基準にリリースの当たりを付ける
- プリセットはあくまで補助的な参考値として見る
一見手間に思えても、毎回この手順を繰り返したほうが、結果的に試行錯誤の回数は減ります。
8. よくある質問
- Qオートリリースは使うべきですか?
- A
段階的に使い分けることを推奨します。
初心者(学習段階):複雑な設定に悩まず基本動作を理解できるため推奨。
中級者以上(音作り段階):テンポシンク調整が困難なため、手動設定で「意図」を明示することが重要。
- Qアタックとリリースのバランスはどうやって取るのですか?
- A
基本原則は次の通りです。
- アタック = トランジェント(音の立ち上がり)をどの程度通すか
- リリース = 圧縮をいつ解除するか
例えば、ボーカルならアタック10〜30ms、リリース50〜150msで、自然な発音タイミングに対応します。
- Qマスターバスのリリースを「200〜500ms」としていますが、判断基準は何ですか?
- A
マスターバスは「楽曲全体を滑らかに制御する」ことが目的であり、個別の音符との同期は不要です。判断基準は以下の通りです。
- 短め(200〜300ms):ダイナミクスのアクセントを保ちたい曲(ポップス、ロック)
- 中程度(300〜400ms):バランスの取れた制御(ほとんどのジャンル)
- 長め(400〜500ms):音を「吸収」して平坦化させたい曲(アンビエント、クラシカル)
ここでは「次の音の直前に戻る」という原則より、全体の「グルー感」や「まとまり感」を耳で判断することが優先されます。
- Q複数のトラックにコンプを挿すとき、各トラックのリリースをいちいち計算するのは手間ですが、効率的な方法はありますか?
- A
以下の効率化方法を推奨します。
- テンポシンク計算は一度だけ
プロジェクトのBPMを確認したら、その曲の「8分音符の長さ」を一度計算し、どこかにメモしておきます。例:「120BPM → 8分音符250ms」 - 楽器カテゴリごとにリリースをテンプレート化
- キック系:8分音符±20ms
- ボーカル:8分音符×0.5〜1倍
- ベース:8分音符×1.5倍
このルールを記録しておき、毎回参照します。
- ドラム素材は「バス処理」で一括管理
キックとスネアを同じバストラックに入れてコンプを挿すと、個別調整の手間が減ります。
- テンポシンク計算は一度だけ
- Qリリースを短くしたいのに、短くするとポンピングが起きてしまいます。原因は何ですか?
- A
「短くしてもポンピングが起きる」場合、原因はリリースではなく、スレッショルドが低すぎる可能性が高いです。
チェックリスト:
- GRメーターで「-3〜-6dB」の圧縮量になっているか確認する
- もし「-10dB以上」に落ちていたら、スレッショルドを上げて圧縮量を減らす
- その上で、リリースを短くしてみる
また、「ポンピング」と「低域の歪み」を混同していないか確認してください。
- ポンピング=周期的な「音量の上下」(主にスレッショルド・レシオの問題)
- 歪み=音が「ザラザラ」(リリースが短すぎることが多い)
9. 実践チェックリスト
この記事を読み終えたら、次の項目を順番に試してみてください。
□ 今のプロジェクトのBPMを確認する
□ そのBPMに基づいて音符の長さを計算する
□ ドラムバスにコンプレッサーを挿し、極端な設定 → 実用的な設定へと変化させながら耳を慣らす
□ A/B 比較時には必ず音量を揃え、「大きい方が良く聞こえる」バイアスを排除する
□ ゲインリダクションメーターを常に表示し、次の音の直前に0dBに戻る位置を感覚的に把握する
□ 自分のプロジェクトに合わせた楽器別リリースの「メモ」を作り、後から参照できるようにしておく
10.まとめ
リリースは、
- 「いつ圧縮を解除するか」を決めるパラメータ
- 絶対的な正解値は存在せず、テンポ・楽器・圧縮量ごとに計算が必要
- ゲインリダクションメーターと耳の両方を使って、次の音の直前に0dBに戻る位置を基準に調整していく
という性質を持っています。
この考え方を押さえておくと、プリセットに頼らなくても、毎回の素材に対して合理的なリリース設定を行えるようになります。
11. 次に読むべき記事
リリース設定とセットで調整すべきパラメータ→
・コンプレッサー入口編➁「レシオ完全ガイド」
・コンプレッサー入口編③「アタック完全ガイド」
圧縮の基準となる「スレッショルド設定」を見直す→
・コンプレッサー入口編①「スレッショルド完全ガイド」
・コンプレッサー入口編⑤「ニー完全ガイド」
音量変化を正しく補正する→
・コンプレッサー入口編⑥「メイクアップゲイン完全ガイド」
コンプレッサーの回路タイプによるリリースの違い→
・【まとめ】コンプレッサーの回路方式と動作特性を徹底解説
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

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