
設定値は正しいはずなのに、レシオを上げたら音が潰れてしまった。…なぜ?
「ボーカルはレシオ4:1が標準」
「ベースは8:1がちょうどいい」
という定石通りに設定しても、全然効いていなかったり、逆に音が平坦に潰れてしまう。
実は原因はシンプルで、スレッショルド位置が変われば、レシオの効き方も変わってしまうからです。
多くの解説では、この「スレッショルドとの相対関係」という大前提を省いて、レシオ値だけを示しているため、あなたの環境で再現できないのは当たり前です。
この記事では「レシオの固定値の暗記」を捨て、スレッショルド位置とゲインリダクション量からレシオの適正値を導き出す手順を、エンジニア目線で解説していきます。
1. レシオは「圧縮比率」
1-1. レシオに「正解値」はない
初心者向けの解説では、次のような説明をよく見かけます。
- 「ボーカルはレシオ4:1が標準」
- 「ベースは8:1がちょうどいい」
- 「レシオが高い=常に強く圧縮される」
一見すると分かりやすいのですが、ここに大きな落とし穴があります。
レシオは「スレッショルドを超えた信号をどの程度圧縮するか」という比率に過ぎず、その効果は常にスレッショルド位置とゲインリダクション量に依存しているからです。
ポイントを整理すると、レシオは次のように理解できます。
- レシオは「スレッショルドを超えた信号に対する圧縮比率」
- スレッショルドを2dB超えた信号があるとき、2:1なら1dBだけ上昇、4:1なら0.5dBだけ上昇
- レシオが高いほど、スレッショルド超過分に対する圧縮が強くなる
- 同じ4:1の設定でも、スレッショルド位置が変われば「どれだけ圧縮されるか」が変わる
この性質のため、レシオを「絶対値」として暗記しても意味がない という結論になります。
1-2. 同じ設定でも効果が変わる
よくあるケースを具体的に見てみます。
- 「ボーカルはレシオ4:1」と紹介されていたので、その通りに設定した。
- ある曲ではうまくいったのに、別の曲では効果が感じられない、あるいは逆につぶれすぎる。
これはレシオが間違っているのではなく、「スレッショルド位置との関係」が変わっているだけです。
例:
- 曲A:スレッショルド-20dB、入力ピークが-12dBFS→8dB超過で4:1が6dBのゲインリダクションを生む
- 曲B:スレッショルド-10dB、入力ピークが-12dBFS→2dB超過で4:1が1.5dBのゲインリダクションしか生まない
一見「同じレシオ値」でも、実際には「スレッショルドをどれだけ超えているか」がまるで違うために、結果も変わるということです。
1-3. 「音が潰れる」メカニズム
レシオを上げたあと、「音が平たくなった」「生気がなくなった」と感じることがあります。
実際には、レシオが高すぎるのではなく、次のような流れで起きています。
- スレッショルドが低すぎる位置に設定されている
- 信号の広い範囲がスレッショルドを超える
- 高いレシオによって、その広い範囲が強く圧縮される
- 結果として、音全体のダイナミクスが失われる
このため、音が潰れる原因は「レシオが高すぎる」のではなく、「スレッショルドが低すぎる」場合がほとんどという理解が正確です。
2. スレッショルドとレシオは切り離せない
2-1. レシオ設定の前提条件
レシオを語る前に、前提となるスレッショルド設定が適切に行われている必要があります。
なぜなら、レシオは「スレッショルドを超えた信号に対して」しか機能しないからです。
レシオ設定の前に確認すべきこと:
- スレッショルドが適切に設定されているか(前回の記事参照)
- 入力レベルが測定され、スレッショルド超過量が把握できているか
- 目標とするゲインリダクション量が決まっているか
この状態を作ってから、「目標のゲインリダクション量を得るために、どのレシオを選ぶか」という話に進みます。
2-2. 同じゲインリダクション量でも音が変わる
重要な原則として、同じゲインリダクション量は、複数の組み合わせで実現できます。
例として、6dBのゲインリダクションを得る場合:
組み合わせA:
- スレッショルド:-20dB
- レシオ:4:1
- 圧縮される部分:ピーク部分のみ
- 音のキャラクター:自然で滑らか
組み合わせB:
- スレッショルド:-10dB
- レシオ:10:1
- 圧縮される部分:ボディ部分まで
- 音のキャラクター:強烈な制御感
同じ6dBのゲインリダクションでも、「どの範囲を、どの強さで圧縮するか」が全く異なるため、音の「キャラクター」も変わります。
3. レシオを決める3ステップ
3-1. まずは「見ながら」設定
最初のうちは、「耳だけ」で違いを判別するのは難しいです。そこで、ゲインリダクションメーターを見ながら設定する手順を取ります。
基本的な流れは次の通りです。
- スレッショルドを前回の記事で学んだ方法で設定
- Ratio を仮で2:1に設定
- Attack をやや速め(例:20〜50ms程度)に設定
- Release を中程度(例:100〜300ms程度)に設定
- ここからレシオをゆっくり上げていく
- ゲインリダクションメーターが -3〜-6dB 程度を示したところで一度止める
この-3〜-6dBという圧縮量が、初心者が「これがコンプレッションか」と認識しやすい領域です。
なぜ-3〜-6dBで一度止めるのか:
- -1〜-2dB:違いが分かりにくく、「何も起きていない」と感じやすい
- -3〜-6dB:「圧縮されている」という基準を耳に刻み込むのに最適
- -10dB以上:副作用が強く、音が平たくなりすぎて「何か変だ」と感じやすい
3-2. 楽器ごとの考え方
ボーカル
目標は「自然なつながり感を保ちながら、ダイナミクスを制御すること」です。
初級者向け(コンプレッサー1台):
- レシオ:2:1〜3:1(低レシオで自然な「つながり感」を保つ)
- スレッショルド:-10〜-15dB(入力が-18dBFS前後を想定)
- Attack:10〜20ms(速すぎない)
- Release:40〜100ms(自然な「緩み」)
- ゲインリダクション目標:3〜5dB
プロ向け(複数段階の圧縮):
第1段:
- レシオ:8:1
- Attack:2ms
- Release:10ms
- ゲインリダクション:2〜3dB
- 役割:ピークを即座にカット
第2段:
- レシオ:4:1
- Attack:20ms
- Release:60ms
- ゲインリダクション:3〜6dB
- 役割:全体のバランス調整
この組み合わせで、「聞こえない圧縮」(第1段)と「聞こえる圧縮」(第2段)の2段構造になります。
ベース
ベースは、高い圧縮率で「グルー感(一体感)」を作ることが目標です。
ポップス・ロック向け:
- レシオ:8:1(高レシオで「ベタ感」「一体感」を確保)
- スレッショルド:-8〜-12dB(信号の平均値より2〜3dB下)
- Attack:20ms(トランジェント保持)
- Release:40〜60ms(ナチュラルな「音の落ち」)
- ゲインリダクション目標:7〜10dB
メタル・エクストリーム向け:
- レシオ:12:1〜20:1(リミッター領域)
- Attack:0.1〜1ms(最速)
- Release:5〜10ms(即座にリセット)
- ゲインリダクション:2〜4dB
ポイント:高レシオ+低ゲインリダクション=「ピークを削る」だけで、音色は保ちます。
キック(ドラム)
キックでは、アタック(立ち上がり)を保護しながら、持続音をコントロールすることが目標です。
- レシオ:4:1〜6:1(ピーク制御しつつパワー維持)
- スレッショルド:-15〜-20dB(ピーク部分を対象)
- Attack:5〜10ms(トランジェント保持のため「ゆっくり」)
- Release:60〜200ms(キックの減衰に合わせる)
スレッショルド設定による違い:
- 高め:キックのトランジェント(打撃感)を残す
- 低め:全域を圧縮して「グルーブが踊る」効果
その他の楽器
- エレクトリックギター:4:1〜6:1(ノート間のレベル差を埋める)
- アコースティックギター:2:1〜3:1(自然なダイナミクスを保つ)
- ストリングス:2:1〜3:1(自然さ重視)
- パッド系:2:1(最小限の制御)
- ドラムバス:4:1(グルーブ感強化)
- マスタリング:1.5:1〜2:1(透明性重視)
4. 「うまくいかない」と感じたときは
レシオの設定後、思い通りの結果が得られないケースは多くあります。このセクションでは、よくある症状と診断フロー、そしてそれぞれの対処方法を整理します。
4-1. 音が潰れた場合
症状:「レシオ8:1で設定したら、ボーカルが平坦で生気がなくなった」
原因の診断
「レシオが高すぎるのが原因だ」と思われることが多いですが、実際にはほとんどの場合、スレッショルドが低すぎることが原因です。
診断項目 | 確認方法 | 判定 |
|---|---|---|
ゲインリダクションメーター | -12dB以上か? | YES → スレッショルド低すぎの強い兆候 |
聴感 | 「ボーカルが平ら」「表情がない」と感じるか? | YES → ほぼ確定 |
スレッショルド位置 | 設定値を確認。-5dBなど極端に低いか? | YES → スレッショルドを上げるべき |
対策(優先順位順)
- スレッショルドを上げる(最優先)
- 目安:-3〜-6dBのゲインリダクション範囲に収まるまで上げる
- 例:現在-5dB → -15dBに変更
- 必要に応じてレシオを下げる(スレッショルド調整後)
- 8:1 → 4:1 に下げる
- ただし、スレッショルド調整だけで解決することがほとんど
- 音を確認する
- A/B比較で「生気が戻ったか」を確認
- メイクアップゲインで音量を揃えることを忘れずに
修正例
現在の設定:
- レシオ8:1、スレッショルド-5dB、ゲインリダクション-10dB以上 → 「平坦で生気がない」
改善後(2つの選択肢):
選択肢A:スレッショルドだけ上げる
- レシオ8:1、スレッショルド-15dB、ゲインリダクション-3〜-5dB → 「グルー感は残しながら、生気が戻る」
選択肢B:スレッショルドを上げ、レシオも下げる
- レシオ4:1、スレッショルド-15dB、ゲインリダクション-3〜-5dB → 「さらに自然な表情になる」
4-2. 効果が感じられない場合
症状:「レシオ2:1で設定したけど、圧縮している感じがしない」
原因の診断
この場合、次のいずれかが原因です:
原因 | 確認方法 | 判定 |
|---|---|---|
スレッショルドが高すぎる | ゲインリダクションメーターが0dB付近のまま動かない | スレッショルドを下げる |
ゲインリダクションが不足 | GRが-1〜-2dB程度に留まっている | スレッショルドを下げるか、レシオを上げる |
設定が実際に反映されていない | プラグインがバイパスになっていないか、オートメーションでOFFになっていないか | 確認してONにする |
対策フロー
- ゲインリダクションメーターを見ながら再生
- メーターが「動いている」か「止まっている」か確認
- GRが0dBのままなら、スレッショルドを下げる
- -20dB → -15dB → -10dB と段階的に下げ、メーターが動く位置を探す
- GRが-3〜-6dBを示すまで調整
- この範囲に達したら、レシオを変更して聴き比べる
- レシオの効果を耳で判定
- 2:1 → 4:1 → 8:1 と段階的に上げ、「硬さ」の増加を感じる
4-3. パンピング(周期的なうねり)が起きる場合
症状:「ウーウー」という周期的な揺れ、または低域が不自然に膨らんだり凹んだりする
原因の診断
多くの場合、次の3つの組み合わせが原因です:
原因 | 状態 | 対処 |
|---|---|---|
スレッショルドが低すぎる | 常時-6dB以上圧縮されている | スレッショルドを上げる |
レシオが高すぎる | 高レシオで全体を制御しすぎ | レシオを下げる(8:1→4:1) |
Releaseが遅すぎる | 圧縮が解除されるのが遅く、次のビートまで引きずる | Release を速くする(500ms→100msなど) |
対策(優先順位順)
- スレッショルドを上げる(最優先)
- GRが-3〜-6dBに収まるまで上げる
- これだけで解決することが多い
- 必要に応じてAttackを少し遅くする
- 立ち上がりの反応を鈍くすることで、レシオの急激な作用を和らげる
- 0ms → 5〜10ms に変更
- Releaseを少し速くする
- 圧縮がリセットされるスピードを上げ、次のビートで「リセット完了」の状態を作る
- 500ms → 100〜200ms に変更
パンピング解消の流れ
現在:スレッショルド-8dB、レシオ8:1、Release 500ms → パンピング発生
↓
ステップ1:スレッショルドを-15dBに上げる
↓
→ 解決? YES → 完了
NO ↓
ステップ2:Attackを10msに、Releaseを150msに変更
↓
→ 解決? YES → 完了
NO ↓
ステップ3:レシオを4:1に下げる
↓
→ 解決? YES → 完了
4-4. ドラムの音が失われた場合
症状:「キックやスネアの『打撃感』が消えた」
原因の診断
トランジェント(立ち上がり)が圧縮で潰されている状態です。
原因 | 状態 | 対処 |
|---|---|---|
Attackが速すぎる(0ms) | トランジェントをキャッチして即座に圧縮 | Attackを遅くする(0ms → 5〜10ms) |
レシオが高い+GRが大きい | 一気に圧縮されている | レシオを下げるか、スレッショルドを上げる |
対策
- Attackを上げる(最優先)
- 0ms → 5〜10ms に変更
- 理由:トランジェント保持のため「ゆっくり」効かせる
- スレッショルドを上げる(必要に応じて)
- GRを-3〜-6dBに調整
- 音を確認
- 打撃感が戻ったか、A/B比較で確認
5. レシオの感覚を鍛える
5-1. あえて「極端な設定」から始める
微妙な違いを聞き分ける前に、まずは明らかに分かる変化を体験したほうが習得が早いです。
一例として、次のような極端な設定からスタートします。
- Ratio:4:1
- Threshold:極端に低く(例:-60dB付近)
- Attack:最速
- Release:中程度
この状態では、ほぼすべての信号が圧縮され、音の変化がはっきりと聞こえます。
そこから少しずつスレッショルドを上げていき、「ここまではつぶれすぎ」「ここから先はちょうどよい」といった感覚を、自分の耳で確認していきます。
5-2. A/B比較と音量マッチング
学習時には、必ず音量を揃えたA/B比較を行います。
- コンプレッサーONの状態とOFFの状態を、同じラウドネスになるようメイクアップゲインで調整
- トグルスイッチなどで素早く切り替え、「どちらが好ましいか」「何が変わっているか」を確認
人間の耳は「少し大きい音のほうが良く聞こえる」傾向があるため、音量が揃っていないと判断が歪みます。
5-3. 段階的トレーニング法
演習:「段階的に聞き分ける」(10分)
設定:全コンプレッサー統一
- スレッショルド:-15dB
- アタック:12ms
- リリース:60ms
- ゲインリダクション:各トラックほぼ5dB
4トラック:
- トラック1:レシオ2:1、ゲインリダクション5dB(「つながり感」が追加)
- トラック2:レシオ3:1、ゲインリダクション5dB(「ほんのり掴み」)
- トラック3:レシオ4:1、ゲインリダクション5dB(「適度な制御」)
- トラック4:レシオ6:1、ゲインリダクション5dB(「窒息寸前」)
リスニング:
- 1→2→3→4の順に1秒ずつ再生し、「段階的な硬さの増加」を聴く
- 2⇔3を交互再生
6. レシオとニー、アタック・リリースの相互作用
6-1. ニーがレシオに与える影響
ニー(Knee)は、スレッショルド付近での圧縮の始まり方をコントロールします。
ハードニー:
- スレッショルド超過時に「一瞬で」レシオが効く
- 使う場面:ドラム向き(パンピング効果)
- 特徴:レシオの効果が「急激に」出現
ソフトニー:
- スレッショルド前後で「段階的に」レシオが効く
- 使う場面:ボーカル向き(自然性重視)
- 特徴:レシオが「徐々に」適用
レシオとニーの組み合わせ:
- ハードニー+高レシオ:「急激な」圧縮開始(ドラム)
- ソフトニー+高レシオ:「段階的な」圧縮開始(ボーカル)
ソフトニーがあると「柔らかく」聞こえるため、設定値より1段階高いレシオを選ぶことも多いです。
6-2. アタック・リリースとレシオの組み合わせ
- 速いアタック+高レシオ:ダイナミクスを完全に制御(トランジェント損失)→ベース
- 遅いアタック+高レシオ:トランジェント保持+「掴み感」→ボーカル
- 速いアタック+低レシオ:最小限制御(透明性優先)→マスタリング
7. レシオ設定を「見える化」する
レシオが適切かどうかは、耳だけでなくゲインリダクション(GR)メーターを活用することで、より正確に判断できます。このセクションでは、GRメーターの読み方とレシオの関係性を整理します。
7-1. -3〜-6dBが「聴き取れる圧縮」の目安
レシオの差を聞き分けるには、最低でも4〜6dBのゲインリダクションが必要です。
GRの量によって異なる聴覚体験
ゲインリダクション量 | 聴覚的な特性 | 用途・判断 |
|---|---|---|
-1〜-2dB | 圧縮がほぼ聞こえず、「何も起きていない」と感じやすい | トラブルシューティング時の「効果不足」の判定基準 |
-3〜-6dB | 初心者の耳が「変化」を認識できる領域。これが基準域 | 学習用・実用的なスタート地点 |
-6〜-12dB | 中程度以上の強めの圧縮。「掴み感」「グルー感」が出現 | ベースやドラムの一体感構築 |
-12dB以上 | 極端な「スマッシング」感。「窒息感」が顕著で、副作用が強い | 特殊なエフェクト用途、またはトラブルの指標 |
なぜ-3〜-6dBなのか
実際のゲインリダクションが1〜2dBに留まると、レシオを2:1から8:1に変えても、聴覚的な差がほとんど感じられません。つまり、レシオの効果を判定するには、最低限度のGR量が必要ということです。
一方、-12dB以上になると、音全体のダイナミクスが失われ、「何か変だ」という違和感が強くなります。そのため、学習段階では-3〜-6dBという「黄金ゾーン」を基準値として設定し、そこから「もっと強く」「もっと弱く」と調整していくのが効率的です。
7-2. レシオとゲインリダクションの計算関係
同じスレッショルド超過量でも、レシオによってゲインリダクション量が変わります。この関係を数式で表すと:
ゲインリダクション(dB) = スレッショルド超過量(dB) ÷ レシオ値
具体例:スレッショルド超過量が8dBの場合
レシオ | 計算 | ゲインリダクション | 音のキャラクター |
|---|---|---|---|
2:1 | 8 ÷ 2 | 4dB | 「つながり感」が追加される |
4:1 | 8 ÷ 4 | 6dB(※実際には2dB超過時)が「掴み感」 | 「適度な制御」が出る |
8:1 | 8 ÷ 8 | 7dB(ほぼリミッター動作) | 「窒息感」が顕著 |
この表から分かるように、同じ8dBのスレッショルド超過でも、レシオ2:1と8:1では、最終的な圧縮量が4dB近く異なります。つまり、「同じレシオ値でも、スレッショルドがどこに設定されているか」が圧縮の「強さ」を決める重要な要素になるのです。
7-3. スレッショルド超過量2dB vs 8dBの「音のキャラの違い」
同じ6dBのゲインリダクションを実現する2つの方法を比較します。
方法A:スレッショルド-20dB、レシオ4:1、スレッショルド超過8dB → GR 6dB
- 圧縮される部分:ピーク部分のみ
- 音のキャラクター:自然で滑らか
- ボーカルへの影響:ダイナミクスを保ちながら、ピークだけを制御
方法B:スレッショルド-10dB、レシオ10:1、スレッショルド超過-4dB → GR 6dB
- 圧縮される部分:ボディ部分まで
- 音のキャラクター:強烈な制御感
- ボーカルへの影響:表現力が減るが、「掴み感」が強くなる
同じ6dBのゲインリダクションでも、どの周波数帯・どの時間帯を圧縮するか によって、音のキャラクターが大きく変わります。これが「レシオは単独では語れない」という原理なのです。
7-4. 簡易フローチャートで状態を確認する
レシオ周りで違和感を覚えたときは、次の流れでチェックします。
ステップ1:ゲインリダクションメーターを見る
- ほぼ0dBのまま?
→ スレッショルドが高すぎる、またはレシオが低すぎる可能性
→ 対処:スレッショルドを下げる、またはレシオを上げる - -3〜-6dB付近?
→ 正常な「実用ゾーン」。ここを基準として耳で判断
→ 対処:このGR量を保ちながら、音のキャラを調整 - -12dBを超えている?
→ スレッショルドが低すぎる、またはレシオが高すぎる可能性
→ 対処:スレッショルドを上げるか、レシオを下げて-3〜-6dBに調整
ステップ2:音質を評価する
- 音がつぶれた印象 → スレッショルドを上げるか、レシオを下げる
- 効果が感じられない → スレッショルドを下げるか、レシオを上げる
- パンピング(ウーウー音)が発生 → スレッショルドを上げ、Releaseを速くする
7-5. GRメーターの「見方」の注意点
コンプレッサープラグインのメーター表示には種類があります。正確にGRを読む上で重要です。
GR専用メーター(推奨)
- 圧縮量を直接表示(-3dB、-6dBなど)
- 最も正確で、レシオ設定の判断に使える
Input/Outputメーターの差では測らない理由
- Outputメーターはメイクアップゲインで変化する
- 圧縮量とメイクアップゲインが混在し、正確なGR値が不明になる
コンプレッサー選びの際は、GR専用メーターが装備されているかを確認することをお勧めします。
8. プリセットに頼りすぎないために
8-1. プリセットが「外れやすい」構造的な理由
チュートリアルやプリセットに書かれたレシオ値は、特定のスレッショルド設定を前提にした値です。
- 作成者側は、例えば平均-18dBFSのボーカルを前提に、「スレッショルド-20dB、レシオ4:1」という値を提示しているかもしれません
- 実際の自分の素材が異なるスレッショルド設定だった場合、同じレシオを入れても、まったく違う圧縮量になります
つまり、プリセットは「どのくらい潰したいか」という方向性の参考にはなるが、そのままの数値が機能する保証はないということです。
8-2. 毎回「最初から」決めるほうが結果的に速い
効率的なアプローチは、次のような流れです。
- 今回のプロジェクトの標準的なスレッショルドを設定する
- ゲインリダクションの目標を決める(3〜6dBなど)
- その目標に基づいて、レシオを調整
- プリセットはあくまで補助的な参考値として見る
一見手間に思えても、毎回この手順を繰り返したほうが、結果的に試行錯誤の回数は減ります。
9. よくある質問
- Q複数コンプ(シリアル)でレシオを使い分ける場合、どう設定しますか?
- A
第1段(レシオ8:1、GR 2〜3dB)はピークを即座にカットする「聞こえない圧縮」で、第2段(レシオ4:1、GR 4〜6dB)は全体のバランス調整を行う「聞こえる圧縮」です。1台で8:1を使うと音が平坦になりますが、この2段分けにより、ピークの整理と全体の「つながり感」を透明に組み合わせることができます。
- QVCAコンプとFET、オプティカルコンプではレシオの効き方が違いますか?
- A
はい、異なります。VCAは計算通りの直線的な圧縮で設定値が素直です。FETはサチュレーション効果で実効的には低めのレシオで十分に効きます。オプティカルは自動アタック/リリースで実効的には高めのレシオが必要です。同じ4:1でも、回路方式で1〜2段階レシオの感覚が変わります。
- Qマスタリングでレシオ1.5:1〜2:1を推奨する理由は?
- A
マスタリング段階では既に複数の圧縮が掛かっているため、さらに高レシオを使うとパンピングやダイナミクス喪失が起こります。レシオ1.5:1〜2:1なら、わずかな「グルー感」を足すだけで副作用がほぼありません。クリップ防止はリミッター(∞:1)で別途対応します。
- Qリミッター(∞:1)とコンプレッサー(高レシオ)の違いは?
- A
コンプは「スレッショルド超過量に応じて段階的に圧縮」し、超過2dB→GR 0.25dB、超過8dB→GR 1dBという具合に増えます。リミッターは「超過量がいくら大きくても、出力を一定値で強制的に止める」という物理的な壁です。音の性質を保ちながら制御するときはコンプ、絶対に超えさせないときはリミッターを選びます。
- Qニー(Knee)がソフトになると、なぜレシオ値を上げるべきですか?
- A
ソフトニーはスレッショルド前後で段階的に圧縮が始まるため、実効的なレシオが低く感じられます。目安として、ハードニーでレシオ2:1なら、ソフトニーは2.5:1、ハードニー4:1ならソフトニー5:1〜6:1、ハードニー6:1ならソフトニー8:1を選ぶと、同じ音のキャラが得られます。
- Qパラレルコンプレッション時のレシオ設定は?
- A
パラレルコンプは原音と極度に潰した音を混ぜるため、本編と異なります。推奨設定はレシオ10:1〜∞:1(リミッター)、GR 10dB以上、アタック最速、リリース最速です。目的は「迫力」「サスティン」「密集感」の付加であり、圧縮信号をそのまま使う通常の設定値とは別の設計思想です。
- Q「回路方式」と「レシオ値」の対応表を簡潔に教えてください。
- A
同じ音のキャラを目指す場合、設定値対応は以下の通りです。「つながり感」はVCA 2:1、FET 2:1、OPT 3:1。「適度な制御」はVCA 4:1、FET 4:1、OPT 5:1。「掴み感」はVCA 6:1、FET 5:1、OPT 7:1。「強い制御」はVCA 8:1、FET 6:1、OPT 10:1。VCAは素直、FETは低めで効く、OPTは高めが必要という基準で覚えてください。
10. 実践チェックリスト
この記事を読み終えたら、次の項目を順番に試してみてください。
□ 今のプロジェクトの「スレッショルド」が適切に設定されているか確認する
□ ゲインリダクションメーターが「-3〜-6dB」を示すようにレシオを調整する
□ ドラムミックスで「極端な設定」(2:1 vs 8:1)から実験を始める
□ A/B比較の時に「必ず音量を一致させる」(メイクアップゲイン調整)
□ ゲインリダクションメーターを「常に表示」に設定する
□ 主要楽器別のレシオ設定を「自分で」記録する
□ 「音が潰れた」と感じたら、まずスレッショルドを上げて試す
□ 結果を記録して「自分だけのレシオ辞書」を作る
11.まとめ
レシオは、
- 「スレッショルドを超えた信号に対する圧縮比率」を決めるパラメータ
- 絶対的な正解値は存在せず、スレッショルド位置とゲインリダクション量によって決まる相対的な設定
- ゲインリダクションメーターと耳の両方を使って、-3〜-6dB付近を基準に調整していく
- 同じゲインリダクション量でも、レシオとスレッショルドの組み合わせで音のキャラクターが変わる
という性質を持っています。
この考え方を押さえておくと、プリセットに頼らなくても、毎回の素材に対して合理的なレシオ設定を行えるようになります。
12. 次に読むべき記事
Ratioを決める際の「スレッショルド設定」について →
・コンプレッサー入口編①「スレッショルド完全ガイド」
Ratio設定後の「アタック」「リリース」「ニー」の最適化 →
・コンプレッサー入口編③「アタック完全ガイド」
・コンプレッサー入口編④「リリース完全ガイド」
・コンプレッサー入口編⑤「ニー完全ガイド」
あなたのコンプがどの回路方式(FET/VCA/OPT/Vari-Mu)か確認したい →
・【まとめ】コンプレッサーの回路方式と動作特性を徹底解説
メイクアップゲインとの連携を理解したい →
・コンプレッサー入口編⑥「メイクアップゲイン完全ガイド」
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年〜2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music
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