第1回はコンプレッサーの“入り口”とも言える スレッショルド(Threshold) にフォーカスします。
- あなたのコンプレッサー設定に何が足りないのか
- この記事を読むと解決できること
- セクション1:スレッショルドの「よくある勘違い」
- セクション2:入力レベルを知ることが、すべての始まり
- セクション3:RMS と Peak、2つの検出方式の違い
- セクション4:スレッショルドを設定する3ステップ
- セクション5:「あれ、うまくいかない」ときの対処法
- セクション6:「耳を鍛える」トレーニング法
- セクション7:マルチバンドコンプレッサーでの周波数別設定
- セクション8:スレッショルド設定を「見える化」する
- セクション9:トラブル時の「解決マップ」
- セクション10:テンプレートに頼らない理由
- セクション11:よくある質問(FAQ)
- セクション12:チェックリスト
- まとめ
- 次回予告
- 著者について
あなたのコンプレッサー設定に何が足りないのか
コンプレッサーを使っているのに上手く使いこなせない。以下のどれかに当てはまっていませんか?
- GRメーターが反応しない(スレッショルドが高すぎる)
- ボーカルが「ぼわぼわ」または「圧縮されすぎ」に聞こえてしまう(スレッショルドが低すぎる)
- 同じスレッショルド値で異なる曲を処理すると、一方はうまく機能するのに、他方は全く効かない(信号レベルとスレッショルドがズレている)
これらの悩みの99%は、スレッショルドの設定値1つで解決します。
なぜなら、スレッショルドこそが「いつ圧縮を開始するか」を決める最も重要なパラメータだからです。
スレッショルドが間違っていれば、レシオやアタック時間をいくら調整しても効果は限定的です。
この記事を読むと解決できること
✅ GRメーターの正確な読み方を理解し、3~6dBの「ちょうどいい加減」をわずか30分で見つけられる。
✅ ボーカル、ベース、キック、マスターバスなど、楽器ごとに最適なスレッショルド値が分かり、なぜその値なのかを説明できる。
✅ スレッショルド設定でやってしまいがちな失敗パターン5つを事前に回避し、素早く対処できる。
結果:コンプレッサーの設定時間が3分の1に短縮され、どの曲でも一貫性のあるミックスができるようになります。
セクション1:スレッショルドの「よくある勘違い」
1-1 スレッショルドとは
多くの初心者が、スレッショルドについて以下のように思い込んでいます:
- 「スレッショルドには『正解値』がある」
- 「-20dBがボーカルの標準値」
- 「スレッショルドより下の音も圧縮されている」
これらはすべて誤解で、正確には以下の通りです。
- スレッショルドはdB単位の「境界線」に過ぎない。
- この境界線より下の信号は圧縮されない(ソフトニー使用時を除く)。
- 境界線より上の信号だけが「ゲインリダクション」の対象になる。
- スレッショルドの値は、入力される信号のレベルに完全に依存する。
スレッショルドに「正解値」は存在しません。これが多くの初心者向け教材が犯す最大の誤りです。なぜなら、スレッショルドは入力ゲインに対して相対的なものだからです。
1-2 なぜ同じ設定がうまくいったり、うまくいかなかったりするのか
例1:絶対値思考による失敗
「ボーカルは-20dB、キックは-15dB」という固定値で設定している場合、それはその特定の録音レベルが前提になっているということです。
別の曲に適用すると、信号レベルが異なるため、同じ値でも全く異なる結果が生まれます。
例2:プリセット頼みで失敗する理由
YouTubeのチュートリアル動画で見たプリセット値を使っても、そのクリエイターが想定していた入力ゲインと、あなたの実際の入力ゲインが異なっていれば、結果は異なります。
例3:「ノイズが増えた」と感じる理由
これはスレッショルド以下の信号が圧縮されているのではなく、メイクアップゲインによる副次効果です。
スレッショルド以上の信号を圧縮する → 全体のレベルが下がる → メイクアップゲインで補正する → その過程で相対的にすべての音が持ち上げられる、という流れで、「ノイズが大きくなった」と感じるわけです。
セクション2:入力レベルを知ることが、すべての始まり
2-1 スレッショルド設定の最初のステップ
同じコンプレッサーなのに、時々うまくいき、時々うまくいかない。
その理由は、入力される信号のレベルが違うからです。
デジタルオーディオの世界では、以下のような標準値があります:
- デジタルシステムの標準入力:平均 -18dBFS
- アナログシミュレーション時:平均 -14dBFS(サムバス段階)
しかし実際には、あなたのボーカル録音がこれらの値に合っているかどうかは、録音の時点での設定に左右されます。
同じプラグインを使っても、入力ゲインが違えば、スレッショルド動作は完全に異なります。
2-2 スレッショルドを決める前にやること
ステップ1:入力信号の最大ピークを確認する
- 安全なマージン(-3~-6dBFS の余裕)を確保する
- ボーカルの場合:ピークレベルが -12~-9dBFS 程度が目安
- ベースの場合:同様に -12~-9dBFS が一般的
ステップ2:コンプレッサーの入力メーターを表示する
実際に「何dBの信号が来ているのか」を目で確認できる状態を作ります。
これができていないと、スレッショルド設定は「勘」に頼ることになります。
ステップ3:その後でスレッショルドを決める
例えば、入力のピークが -8dBFS なら、スレッショルドは -15~-20dB 程度の範囲で実験を始める、という流れになります。
セクション3:RMS と Peak、2つの検出方式の違い
3-1 RMS検出(平均値を見る方式)
RMS とは「Root Mean Squared」の略で、約300ミリ秒間の「平均的な音圧」を測定する方式です。
この方式の特徴:
- 「瞬間的なスパイク」には反応しない。
- あくまで「持続的な」音量超過に反応する。
どういう時に使う?
- ボーカル:トップノートなどの瞬間的なピークよりも、全体的なダイナミクスを平均的に制御したい場合。
- ミックス全体:各楽器の平均的なエネルギーをバランスさせたい場合。
- ギター:同じフレーズを弾く時の「サステイン部分の一貫性」を保ちたい場合。
よくある悩みは「RMS を使うと、時々ピークが逃げる」です。
→ これは正常な動作です。RMS は平均値を見ているので、瞬間的なピークには反応しないのです。
対策:Peak 検出に切り替えるか、別に Limiting を追加してください。
3-2 Peak検出(最大値を見る方式)
Peak 検出は、常に最新の「最高ポイント」を監視しています。
ドラムのヒットなど、瞬間的なトランジェント(音の立ち上がり)に即座に反応します。
どういう時に使う?
- ドラム:瞬間的なクリップ(音の歪み)を防ぎたい場合。
- ピアノ:弾き間違えた時の「不意のピーク」を制御したい場合。
- 瞬時のレベル制限が必要な全ての場面。
RMS と Peak でスレッショルド値は変わるのか?
| 検出方式 | スレッショルド設定の考え方 | 実例 |
|---|---|---|
| RMS | 「平均値から」-3~-6dB 程度の圧縮を狙う | ボーカル入力が平均 -14dB なら、スレッショルド -20dB 設定 |
| Peak | 「ピークだけを」制御する | ボーカル平均 -14dB、ピーク -6dB なら、スレッショルド -8dB 設定 |
セクション4:スレッショルドを設定する3ステップ
4-1 「見ながら」設定する理由
多くの初心者がつまずく点は「聴いても違いが分からない」ということです。
解決方法は簡単で、目で見えるメーター(ゲインリダクションメーター)を使うです。
実際の流れ:
1. Ratio:とりあえず 2:1 で固定。
2. Attack:速めに設定(20~50ms 程度)。
3. Release:中程度に設定(100~300ms 程度)。
4. ここから「スレッショルドをゆっくり下げていく」。
5. ゲインリダクションメーターが「-3~-6dB」を示したら、まずはそこで止める。
なぜ「-3~-6dB」で一度停止するのか?
この値が「圧縮が聞き始める」心理的なしきい値だからです。
初心者の耳は「変化の程度」によって学習します。
-3~-6dB は「これが圧縮だ」という基準を耳に刻み込むのに最適な値です。
逆に -10dB 以上の圧縮から始めると、圧縮による悪影響(音が平たくなるなど)が顕著になり、「何か変だ」と感じてしまうので、学習に向きません。
4-2 楽器ごとのスレッショルド設定
ボーカルの場合
目標:ピーク時に 10~15dB のゲインリダクションを得ること。
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| Threshold | -20~-18dB(入力が -18dBFS を想定) | Ratio 4:1 時に約 6~8dB の圧縮が起こる |
| Ratio | 3:1~4:1 | 4:1 を超えると音が「ペチャンコ」に聞こえやすい |
| Attack | 10~15ms | これより速いと音の立ち上がりが失われ、遅いと最初のピークが逃げる |
| Release | 50~100ms | 自然な「緩みの感じ」が出る |
スレッショルド調整の「聴き方」:
- 「サビのメロディが『前に出た』感じ」を基準にする。
- 「ボーカルが『つぶれた』と感じたらスレッショルドを上げる」。
ベースギターの場合
目標:高い圧縮率で「グルー感」(一体感)を作ること。
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| Threshold | 最も静かな弾きより約 -6~-12dB 下 | 全域的な圧縮で、ベースを「つなぐ」イメージ |
| Ratio | 8:1 | 「エネルギーは重視、ダイナミズムは削る」という方針 |
| Attack | 20ms | トランジェント(最初のアタック)の一部を残しつつ、サステイン(伸び)を圧縮 |
| Release | 50ms + Hold 15ms | ナチュラルな「音の落ち」を表現 |
スレッショルド設定のコツ:
- 「最も静かに弾いた音」がまだほんの少し圧縮されていない位置が理想的。
- 「全部を圧縮したい」なら低めに、「表現力を残したい」なら高めに調整。
ドラム・キックの場合
目標:アタック(立ち上がり)を保護しながら、持続音をコントロールすること。
| 項目 | 推奨値 | 理由 |
|---|---|---|
| Threshold | 2つのアプローチがある | 曲のイメージで使い分け |
| 方法①:高いスレッショルド | ピークだけを制御 | キックのトランジェント(打撃感)を残す |
| 方法②:低いスレッショルド | 全域を圧縮 | 「グルーブが踊る」という効果が出る |
| Ratio | 2:1~4:1 | 過度な圧縮は不自然に聞こえる |
| Attack | 1~5ms(Peak 検出がベター) | トランジェント制御が最優先 |
実例で見る違い:
- スレッショルド高め → キックだけが制御され、バスドラムの質感は自然のまま。
- スレッショルド低め → 全域が圧縮されて「ノリが出る」けれど、判別が難しくなる。
セクション5:「あれ、うまくいかない」ときの対処法
5-1 「ノイズが大きくなった気がする」と感じたら
よくある勘違い:「スレッショルド以下の音も圧縮されているんじゃないか」
実際は違います。圧縮されるのはスレッショルド以上の信号だけです。
でも、なぜノイズが増えたように感じるのか?
原因は、メイクアップゲインの使い方です。
例:
- スレッショルド:-20dB。
- 入力ボーカル:平均 -12dBFS。
- この場合、3dB のゲインリダクションが起こる。
- メイクアップゲイン:+3dB で補正。
- 結果:元の -70dBFS のノイズも -67dBFS に持ち上げられる。
- 「ノイズが大きくなった」と感じる。
対策:メイクアップゲイン自動機能をオフにして、手動で微調整してください。
5-2 「ぼわぼわ」したり「パンピング」が起きたら
症状:「ウーウー」という周期的な音量変化。
原因:スレッショルド低すぎ + Ratio 高い + Release 遅い、の組み合わせ。
低周波(100Hz 以下)がスレッショルド振幅を繰り返し、結果として周期的な音量変化が生まれます。
対策の優先順位:
- 最初:スレッショルドを上げる(これだけで解決することがほとんど)。
- 次に:Attack を遅くする(サステイン部分から圧縮を始める)。
- 最後に:Release を高速化する。
5-3 ボーカルが「生気がない」「つぶれた」感じになる
原因:スレッショルドが低すぎて、全信号が圧縮されている。
診断方法:
- ゲインリダクションメーターを見て:-6dB 以上なら低すぎの可能性が高い。
- 聴感:「ボーカルが平ら」「表情がない」「個性が失われている」と感じたら確定。
対策:
- スレッショルド上げる(最優先)。
- 必要に応じて Ratio を下げる(4:1 → 2:1)。
- 目標:-3~-6dB のゲインリダクション範囲に調整。
5-4 コンプレッサーがほぼ動作していない場合
症状:ゲインリダクションメーターが「ほぼゼロ」を示している
原因:スレッショルドが高すぎる。
対策:スレッショルドを段階的に下げて、GRメーターが -3~-6dB を示す位置まで調整します。
セクション6:「耳を鍛える」トレーニング法
6-1 極端な設定から学ぶ
最初は「聴感」ではなく「視覚」で学びます。
ステップ1:
1. Ratio:4:1 に固定。
2. Threshold:「極限まで」下げる(-60dB 程度)。
3. Attack:最速。
4. Release:中程度。
5. 結果:すべての信号が圧縮される = 明らかな変化が聞こえる。
これで「これが圧縮だ」という基準が、あなたの耳に刻み込まれます。
ステップ2:
1. Threshold:少しずつ上げていく(-60dB → -50dB → -40dB ...)。
2. 各段階で「何が変わったか」をメモする。
3. 「この値が好き」というポイントを見つける。
6-2 「A と B を比べる」
最も効果的な学習方法:
- コンプレッサーを ON → A バージョン として保存。
- コンプレッサーを OFF → B バージョン として保存。
- ここが重要:音量を完全に同じにする(重要です!)。
- 素早く切り替えて「差」を聴く
なぜ音量を同じにする必要があるのか?
「大きい方が良く聞こえる」という心理バイアスがあるから。
圧縮されると出力が下がるので、メイクアップゲイン補正なしだと「圧縮版が小さく聞こえて判別不可」になってしまいます。
6-3 ドラムで学ぶ理由
ドラムを使うと「スレッショルド設定の結果」が最も明確に聞こえます。
ドラムには、
- トランジェント(立ち上がりの瞬間)
- サステイン(音の伸び)
この両者が含まれるため、スレッショルド設定のどちらの側面にも影響が見え、初心者が「変化を聞き分けやすい」というわけです。
推奨プロセス:
- ドラムキット全体を1つのトラックとして用意。
- コンプレッサーを挿入。
- 攻撃的な設定で「何が起こるのか」を学ぶ。
- 段々と実用的な設定に近づけていく。
セクション7:マルチバンドコンプレッサーでの周波数別設定
7-1 周波数によってスレッショルドを変える
マルチバンドコンプレッサーを使うと、各周波数帯に「独立したスレッショルド」を設定できます。
例えば
| 周波数帯 | スレッショルド | 理由 |
|---|---|---|
| 低域(20~100Hz) | 低め(-25dB) | ブーム(低域の膨らみ)を制御する優先度が高い |
| 中域(100~3kHz) | 中程度 | バランスを取る |
| 高域(10kHz~) | 高め(-10dB) | 明瞭性を保ちたい |
7-2 周波数によって Attack/Release も変わる
重要なポイント:周波数ごとに「知覚される時間」が異なります。
だから Attack/Release も周波数別に調整する必要があります。
- 低域:ゆっくり(Attack 30~50ms、Release 150~300ms)。
- 中域:中程度(Attack 15~30ms、Release 80~150ms)。
- 高域:高速(Attack 5~15ms、Release 30~80ms)。
理由:人間の耳は、周波数によって「時間感覚が異なる」のです。
同じ Attack/Release 設定だと、各帯域で圧縮の「聞こえ方」が大きく異なってしまいます。
セクション8:スレッショルド設定を「見える化」する
8-1 ゲインリダクションメーターの「正常値」
スレッショルドが「いい塩梅」かどうかは、ゲインリダクションメーターで判断します。
目安:
- -1~-2dB:圧縮がほぼ効いていない。
- -3~-6dB:理想的(初心者はここから始める)。
- -6~-12dB:中程度の圧縮。
- -12dB 以上:かなり強い圧縮(注意が必要)。
計算式:
ゲインリダクション = 入力レベル - 出力レベル
例:入力 -16dBFS、出力 -19dBFS = 3dB ゲインリダクション
8-2 「流れ図」で判断する
何か「変だな」と感じたら、この流れで確認してください。
1. ゲインリダクション表示を見る。
↓
2. ほぼゼロ?
→ スレッショルドが高すぎる(下げる)。
↓
3. -3~-6dB の範囲?
→ 理想的(このままで OK)。
↓
4. -12dB 超えている?
→ スレッショルドが低すぎる(上げる)。
↓
5. 聴いた感じ「音がつぶれた」と感じる?
→ Ratio を下げるか、スレッショルド上げる。
セクション9:トラブル時の「解決マップ」
| 状況 | 最初に疑うこと | 調整方向 | 念のため確認 |
|---|---|---|---|
| 何も変わらない | スレッショルドが高すぎ | 下げる | 入力ゲイン確認 |
| ウーウー(パンピング) | スレッショルド低い + Release 遅い | 上げる | Attack も速すぎないか |
| 音が平たく聞こえる | スレッショルド低い(全体圧縮) | 上げる | メイクアップゲイン正しいか |
| ノイズが大きくなった | メイクアップゲイン多すぎ | 見直す | ノイズレベル測定 |
| ボーカルが生気なし | スレッショルド低すぎ | 上げる | -3~-6dB 範囲に調整 |
| ドラムの音が失われた | Attack 0ms + スレッショルド低 | Attack 上げる | Peak 検出か確認 |
セクション10:テンプレートに頼らない理由
10-1 なぜプリセットは「外れ」やすいのか
YouTube のチュートリアル動画で紹介されているプリセット値「ボーカルコンプは -6dB threshold」を試しても、まったく効かないことがあります。
理由:その動画を作った人の入力ゲイン設定が、あなたの設定と異なるからです。
具体例:
- チュートリアル作成者:入力ゲイン -18dBFS を前提で「-6dB threshold」と紹介。
- あなた:入力ゲイン -8dBFS で同じ値を試す。
- 結果:全く異なる圧縮量になる。
有効度:
- 同じプロジェクト内、同じ信号レベル → 20~40% の確度。
- 別のプロジェクト → ほぼ運次第。
10-2 毎回「最初から設定」する正しいやり方
1. 今回のプロジェクトの「ピークレベル」を測定。
2. そのレベルに基づいて、自分でスレッショルドを計算。
例:ピーク -6dBFS なら、スレッショルド -15~-20dB で実験開始。
3. テンプレートは「参考情報」に留める。
手間に見えますが、実は「毎回試行錯誤」より早いです。
セクション11:よくある質問(FAQ)
- Qスレッショルドに「正解値」は本当に存在しないのか?
- A
はい、存在しません。 スレッショルドは「入力ゲインに対する相対値」だからです。
同じ -20dB 設定でも:
- ボーカル入力が -18dBFS なら効く。
- ボーカル入力が -8dBFS なら効かない。
「一般的な値」や「プリセット」に依存していると、成功と失敗が混在し続けます。
大事なのは「毎回、自分の入力信号レベルを測定して、その信号に基づいてスレッショルドを計算する」ことです。
- Qスレッショルドより下の信号も圧縮されているんじゃないか?
- A
いいえ、圧縮されません。 ただし、メイクアップゲインの副次効果で「相対的に持ち上げられる」ということは起こります。
例:
- スレッショルド -20dB、入力ボーカル -12dB で 3dB 圧縮。
- メイクアップゲイン +3dB で補正。
- 元のノイズ -70dB が、-67dB に上昇。
- 「ノイズが大きくなった」と感じる。
つまり、スレッショルド以下の信号は「圧縮の対象外」ですが、メイクアップゲイン調整の影響は受けます。
- QRMS と Peak、どっちを選べばいい?
- A
楽器によります。 正確には「何をしたいか」によります。
RMS を選ぶ場合:
- ボーカル:全体的なダイナミクスを平滑化したい。
- ミックス:各楽器の平均エネルギーを制御したい。
- ギター:フレーズの一貫性を保ちたい。
Peak を選ぶ場合:
- ドラム:瞬間的なピークを抑えたい。
- ピアノ:予期しない高いピークを防ぎたい。
- 瞬時のレベル制限が必要な全ての場面。
RMS 使用時に「ピークが逃げる」のは正常動作です。
その場合は Peak に切り替えるか、別に Limiting を追加してください。
- Q異なる曲で別の結果になるのはなぜ?
- A
入力ゲインが異なるからです。
例:
- 曲 A:ボーカル入力 -14dBFS、スレッショルド -20dB → 6dB 圧縮(適度)
- 曲 B:ボーカル入力 -8dBFS、スレッショルド -20dB → 12dB 圧縮(過度)
スレッショルドは「絶対値」ではなく「入力レベルに対する相対値」として機能します。
デジタルシステムの標準入力は -18dBFS ですが、実際にはプロジェクトごとに異なります。対策:毎回、各プロジェクトの標準入力レベルを測定してから、スレッショルドを設定してください。
- Qゲインリダクション「-3~-6dB」がちょうどいいと言われるのはなぜ?
- A
これは「圧縮が聞き始める」心理的・物理的な閾値だからです。
- -1~-2dB 以下:圧縮がほぼ聞こえず、初心者は「何も起きていない」と感じる。
- -3~-6dB:初心者の耳が「変化」を認識できる領域。
- -12dB 以上:極端な「スマッシング」感で、初心者は「何か変だ」と感じやすい。
「-3~-6dB」で開始することで、初心者は「これが圧縮である」という基準を耳に刻み込めます。
- Qパンピング(ウーウー音)は設定で直る?
- A
はい、大抵の場合は治ります。
原因:スレッショルド低い + Ratio 高い + Release 遅い、の組み合わせ。低周波がスレッショルド周辺を繰り返し行き来するせい。
対策の優先順位:
- スレッショルド上げる(これだけで大抵解決)。
- Attack を遅くする(サステイン圧縮優先)。
- Release を高速化する。
スレッショルドを上げるだけで、多くのパンピングが消えます。
- Qスレッショルドが高すぎるかどうか、どうやって判断する?
- A
ゲインリダクションメーターが「ほぼゼロ」を示していたら、高すぎます。
メーターが -1dB 以下なら、スレッショルドを段階的に下げて、-3~-6dB を示す位置まで調整してください。
- Qボーカルが「つぶれた」ように聞こえる。何が原因?
- A
スレッショルドが低すぎて、全ての信号が圧縮されている状態です。
診断:
- ゲインリダクションメーター:-6dB 以上なら低すぎの可能性。
- 聴感:「ボーカルが平ら」「表情がない」と感じたら確定。
対策:
- スレッショルド上げる(最優先)。
- 必要に応じて Ratio 下げる(4:1 → 2:1)。
- 目標:-3~-6dB のゲインリダクション範囲。
- Qマルチバンドコンプレッサーで周波数別にスレッショルドを設定する時の注意点は?
- A
周波数ごとに「知覚される時間」が異なるため、Attack/Release も周波数別に調整が必須です。
推奨設定:
- 低域(20~100Hz):スレッショルド低め -25dB、Attack ゆっくり 30~50ms、Release ゆっくり 150~300ms。
- 高域(10kHz~):スレッショルド高め -10dB、Attack 速い 5~15ms、Release 高速 30~80ms。
理由:人間の聴覚は周波数によって「時間感覚が異なる」ので、同じ Attack/Release 設定だと、各帯域で圧縮の聞こえ方が大きく異なってしまいます。
- Qプリセットを使っても大丈夫?
- A
プリセットは「参考値」に過ぎません。
有効度:
- 同じプロジェクト内、同じ信号レベル → 20~40% の確度。
- 別のプロジェクト → ほぼ運次第。
なぜか:
- YouTube チュートリアル作成者は特定の入力ゲイン(例:-18dBFS)を前提に設定を公開。
- あなたの実際の入力ゲインが異なると、スレッショルド値は機能しない。
推奨プロセス:
- プリセットを「参考」として開く。
- 毎回、自分の入力信号ピークレベルを測定。
- その測定値に基づいてスレッショルドを計算・調整。
- プリセットは「方向性の参考」に過ぎない。
セクション12:チェックリスト
この記事を読み終わったら、以下を実行してください。
□ 今のプロジェクトの「標準的な」入力ゲイン値を測定する。
□ その信号レベルに基づいて「スレッショルド計算ルール」を自分で作る。
□ ドラムミックスで「極端な設定」から実験を始める。
□ A/B 比較の時に「必ず音量を一致させる」。
□ ゲインリダクションメーターを「常に表示」に設定する。
□ 5つの楽器別プリセットを「自分で」作成する(この記事のテーブル参考)。
□ 「パンピング」が出たら、まずスレッショルド上げで試す。
□ 結果を記録して「自分だけのスレッショルド辞書」を作る。
まとめ
- スレッショルドに「正解」はない → 毎回、入力ゲインを測定するところから始まる。
- 入力レベルの測定が第一ステップ → テンプレート依存症からの脱却。
- ゲインリダクション -3~-6dB が基準 → 初心者の耳トレーニングの出発点。
- A/B 比較は音量一致が絶対 → 心理バイアスの排除。
- 物理メカニズムの理解 → RMS と Peak、メイクアップゲイン、ニーの役割を知る。
コンプレッサーのスレッショルド設定は「勘」ではなく「測定と計算」に基づいています。
この記事の方法を実装すれば、設定時間が大幅に短縮され、複数の曲でも一貫性のあるミックスが可能になります。
次回予告
「コンプレッサー編」第2回「レシオ完全ガイド」では、音の存在感をコントロールするためのレシオ設定について、さらに踏み込んで解説します。
Threshold × Ratio × Attack × Release × Knee × Makeup gain
を体系的に理解していくことで、ミックス全体の精度と再現性を大きく高めることができます。
各パラメータがどのように連動し、どの順番で判断していくと迷いにくいのかも整理していきますので、次回もぜひ楽しみにしていてください。
著者について
NAO(元フリーランス ミキシング・マスタリングエンジニア)
業界経歴:1995年~2010年
セッション実績:200本以上
対応ジャンル:Pop、Rock、Hip-Hop、Jazz、Electronic Music

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